本棚1―1

□Depend on Me
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(特戦期)


それは今まで特戦が請け負ってきた仕事と、大して変わらないものの筈だった。


例によって国連から持ち込まれたその依頼は、ガンマ団にとっては珍しく社会的に見て“正義”側に位置付けられるものであった。

『昨今、裏社会を席巻しつつある新興の麻薬密造・密売組織、この本拠地の殲滅』

この本拠地のある場所が例えば紛争地帯であったなら、国連自らが平和維持を名目に治安維持部隊なりを派遣していたかもしれない。
しかし実際は、良質な医療用の芥子栽培が盛んと言うだけの――そこを麻薬組織に目を付けられたわけだが――表向き至って平和な小国である。

そんな国にいきなり国連が軍事介入するわけにも行くまい。
かと言って外交で解決出来る問題でも無く、まして問題が長期化すればその分だけ薬物汚染は拡がっていく。

そこで火急的速やかな解決法として、まずガンマ団に戦線の火蓋を落とさせて組織本拠地を叩いた後、国連が予防外交と人道支援を行って元の平和な国に立て直すという策が講じられた。

徹底的な殲滅、と言えば真っ先に名が挙がるのがガンマ団特戦部隊である。
よって今回も早々に出動が要請されたのだが、一点だけ、常とは違う要求があった――。



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『隊長ぉー、やぁっと保管場所吐きましたよコイツー』


ハーレムのヘッドセット越しに、場違いなまでに陽気なロッドから通信が入った。


『殲滅する際には精製された薬物を確実に滅却しろって、ほーんと面倒っすよねぇ』

「いいからとっとと保管場所を教えやがれ!早く終わらせてぇんだよ、俺は」

『ハイハイ、一階の精製所の丁度真下だそーですよ。精製所の奥か搬入口から隠し階段で降りれるらしいっす』


そんなところだろうな、とハーレムは内心溜め息をついた。ロッドも溢していたように今回の依頼は本当に面倒だ。

特戦の出動が意味するのは攻撃目標全破壊。

今回もそれはある意味正しくはあるのだが、その最たる目標物である精製された薬物を“確実に滅却”する為には、いつものように外側から一気に叩くわけにはいかない。


『先に行ってましょーか?』

「いや、俺とリキッドで行く。ホントならマーカーが適任なんだが、警備システム誤魔化すのにかかりっきりだしなァ」

『りょーかい。んじゃ、俺はもう少しお掃除しながらGと合流しまーす。保管場所さえ叩けば後は外からでも構わないンすよね?』

「ああ。それまであんま派手に掃除すんじゃねーぞ、持ち出されたら厄介だ」

『分かってますって。んじゃ、御武運をー』


通信を終えると、ハーレムは今度こそ大きく溜め息をついた。生来、こんなコソコソとした立ち回りには向いていないと改めて自覚する。

そんなハーレムの様子を知ってか知らずか、通信の邪魔をしないよう少し離れた所に居たリキッドがやたら嬉しそうな顔で近付いてきた。


「保管場所、分かったンすか?」

「おう」

「俺達で、えと…滅却?しに行くンすか?」

「そォだ。何だ、珍しく嬉しそうだな」


歩き出しながらそう言うと、それまで嬉しそうだったリキッドが急にしかめっ面をした。
相変わらずコロコロと表情を変える奴だ。


「だって。俺…ドラッグとか大ッ嫌いだし」


ここで作られた麻薬も殆ど合衆国へ売られるんだろうと訪ねられて、なるほどそういう事かと納得する。


「ダチに中毒者(ジャンキー)でも居たか」

「何人か。…全員死にましたけどね。手を出したのがヘロインだったから」

「馬鹿なモンに手ェ出したな、そいつらも」

「…ホント馬鹿っすよね…ッ」


その時の事を思い出しているのか、今度は泣きそうな顔になっていて。

それに気付いて何となく、歩きながら頭をクシャクシャと撫でてやった。気が立ってるのか静電気を帯びた感触に密かに眉をひそめる。


「ムカつくのは分かるが逸るなよリキッド。ここも一応、戦場だ」

「…うす」


拗ねたように唇を突き出す仕種がまた子供っぽい。いや子供なのだ、実際。
そんな様子に苦笑しながらハーレムは一旦足を止めた。


「たいちょ?…んッ」


撫でてやっていた頭を引き寄せて、軽く啄むように唇を重ねる。


「…な、にすんだ!任務中!」

「おー怖ェ、堅いこと言うなよ」

「時と場合を考えやがれっ」

「ハイハイ悪かった悪かった。…続きは任務が終わってから、な」


からかうように耳元で低く囁いてやれば、見て分かるほどに顔を真っ赤にしたリキッドに今にも噛みつかんばかりの勢いで睨まれた。

これで少しは肩の力も抜けるだろう。
そう思ってた矢先、ハーレムの耳元でけたたましい通信音が鳴った。

ヘッドセット越しにリキッドにもその音は聞こえたらしく、一気に表情が引き締まっている。


『隊長、どの辺りにいらっしゃいますか?!』


珍しく焦ったようなマーカーの声が響いた。


「あと1つ角を曲がれば精製所だ。感付かれたか?」

『もっと悪い報せです、感付いた輩が建物に外側から火を着けて回っています。Gとロッドが食い止めていますが火の回りが早くて手に負えません』


何だと、とハーレムは唸った。

まさか金になる薬物ごと隠滅にかかるなどと。想定はしていたとはいえ可能性は限りなくゼロに近いとふんでいたからだ。


「薬物は持ち出されて無ェだろうな」

『はい、それは確認出来ています。その様子ではそちらはまだ火が回ってないようですね』

「ついでに保管場所も燃えててくれりゃ楽なんだけどな」

『どちらにしろ隊長に視認して頂かないと依頼主の提示した条件を満たしません。何の為に危険を侵してまで隊長自らが潜入しているとお思いか』


焦りからか段々と怒気を孕んできている声音に、見えないだろうが首を竦める。


『私は外の応援に向かいます。くれぐれもマスクの着用をお忘れ無く。隊長達が脱出するまでに“人”は片付けておきますので』

「任せる。…ったくマジ面倒くせェ。なあ、リキッド?」


だが、返事は無かった。
通信を終え、振り向いた先にあろうことかリキッドの姿が無い。


「あンの馬鹿…ッ」


マスクを着けながら、らしくもなく全速力で駆け出していた。幸い目的地はすぐそこだ、多分追い付けるだろう。

逸るなと言ったそばからこれだ。


「後で覚えてろ、クソッ」


そう毒づきながら角を曲がったその先に、煙が漏れるドアが見えた。
精製所にはもう火が回っているのだろうか。


「あのガキ、どこ行きやがった…」


勢い良く部屋に飛び込んでみたが、予想に反して姿が見えない。
煙の量の割りにその部屋には火の手が無く、どうやら更に奥の通路から煙が上がって来ていることが見てとれた。

精製所の奥、つまり保管場所に繋がる隠し階段がある場所。煙はそこから上がってきていた。


「諦めて物証に火ぃ着けやがったか。こんな思い切りのいい奴等だったとはな」


階段を降りるにしたがって熱気が強くなり、普通よりも色濃い煙が周囲を白に染めていく。
ガスマスクを着けているとは言え、長居はしたくなかった。

感覚を研ぎ澄ませて、リキッドの気配を探る。そんなに広くはない保管庫のようだ。

と、その時。

一瞬、視界の端に青白い光が見えた。
そちらに目を凝らすと二つの影が見える。シルエットからして、一方はどうやら探していた想い人のようだった。


「リキッド!」


声を張り上げながら近付いていくと同時にもう一方の人影がゆっくりと倒れていった。

敵か、と思いつつもなお近付いていけばマスクを着けたリキッドが呆然とそこに立ち尽くしていて。


「隊、長…」

「片付けたのか?ならとっとと出るぞ。こんだけ燃えてりゃ十分だ、後は外から…」


言いながら、ハーレムは足下の死体が見慣れぬものを握っていることに気が付いた。

金属とガラスで出来た、手のひらにスッポリと収まる筒状のそれは――…




それからの行動を、ハーレムはあまりハッキリと覚えていない。

ただ気が付いた時には気を失ったリキッドを腕に抱え、瓦礫の中に立ち尽くしていた。

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