本棚1―1

□ぬかるむ道を歩いていく
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(特戦期)


その森には、雨が降っていた。


肉の焦げる臭気。
自らを中心に散らばる死体。
数秒前までヒト、だったモノ。

人を殺すという事にいつまで経っても慣れはしなかったが、ためらうのはもう止めていた。

拉致同然で放り込まれた特戦部隊だったが、この生まれ持った能力では遅かれ早かれ“普通”では居られなかっただろう。
始めこそ嫌だと喚いてみたり、逃げ出そうとしたりしていたリキッドであった。

しかし戦場を飛び回るような生活が一年近くも経った今では、自らの置かれた状況をそこそこ受け入れられるようになっていた。


「え、と…」


人数を確認するためリキッドは周りの死体を見回す。
この森に逃げ込み潜伏しているゲリラの残党のうち、自分の割り当ては七人。


「一人足りない?」


となると、この近くに潜伏している可能性が高い。解きかけていた緊張を一気に高めて神経を張り巡らせたリキッドの耳に、カチャカチャという小さな金属音が聞こえた。

迷う暇はない。

自動小銃の安全装置を外した音だと理解するよりも早く、閃光が辺りを突き抜けた――。



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「リキッドが戻らねェだと?」


マーカーからの報告を受けたハーレムは、またかと言った風に眉根を寄せた。


「ここ最近は逃げ癖も落ち着いてたように見えたんだがな。詳細を続けろ」

「は。坊やの担当は森の東南ブロックに潜伏していると目されるゲリラ七人の掃討。ロッドがそのすぐ隣のブロック担当だったのですが、坊やが発したとおぼしきプラズマの光は立て続けに二度、確認されています」

「規模は。あと死体の数」

「一度目は大きく、二度目は比較的小規模であったと。ゲリラの死体は六つ。少し離れた場所に焼け焦げた小銃だけが一つ」

「ふ…ん。一人隠れてやがったのを仕留め損ねて追っていった、そんなところか?」


自爆も辞さぬゲリラが逃げ出すような真似をするかどうかはさておき、ハーレムは手にした煙草に火を着けた。


「定刻になれば艦に戻るなり連絡を寄越すなり躾ておいた筈なのですが。申し訳ありません」

「持たせてあったGPSと携帯はどうした」

「どちらも回線は生きていますが、電波障害が激しく使い物になりません」

「今も、か?」

「はい」


それを聞いてハーレムは暫く考え込んだ。

リキッドの能力の性質上、電子機器が使えなくなることはままある。
だが電波障害がこれほど長く続いたことはない。それがどうにも引っ掛かった。


「現在ロッドとGが捜索に向かっています。この報告を終え次第私も、」

「お前は艦に残れ。俺が出る」

「は…」


咥え煙草のまま立ち上がると、マーカーは特に驚きもせずに一礼した。


「ロッドとGも呼び戻しておけ。ほんじゃ、行ってくらァ」

「外は酷い荒天です、お気を付けて」


降りしきる雨は、いつしか雷鳴混じりの嵐となっていた…――。





「中々上手いこと片付けてんじゃねェか、リキッドの奴」


まずはとリキッドの担当だった持ち場に足を運んだハーレムだったが、焼け焦げた六つの死体をぐるりと一瞥して一人ごちた。

マーカーの報告通り少し離れた場所に転がっていた自動小銃を、何の気なしに拾い上げると思った以上に軽い。
パーツを削った改造銃だ。


「もう一人は、ガキか」


情けをかけて逃がしたかと一瞬思ったが、金属の焼け具合からして持ち主が生きているとは到底思えない。

ならば何故死体が無い。

リキッドの性格と状況からすれば、哀れな少年ゲリラの死体を何処かへ埋めてやりに行ったと考えるのが自然だ。
それにしても、定刻を過ぎて連絡の一つも寄越さないのはやはり妙な感じがする。

改めて注意深く辺りを観察するが、何か痕跡があったとしてもこの雨ではすぐに流れてしまって大した収穫があるとも思えない。

おまけに空を覆う厚い黒雲からひっきりなしに雷鳴が轟き、喧しいことこの上なかった。

その時、胸ポケットに突っ込んであった携帯が震えた。
そのディスプレイに表示された「Liquid」の文字に急いで通話ボタンを押す。


「リキッド、どこにいる」


ハーレムは努めて平静に、電話口の向こうに居るであろうリキッドに問いかけた。
しかし耳に届くのは雷鳴に呼応するようなバリバリというノイズばかりで、一向に人の声は聞こえてこない。


「おい!リキッド!」

『―――ぅ―――、たい―』

「どこにいる!!」

『――――ッ――!』


雷鳴が少し止んだ一瞬、ノイズに混じってリキッドが何か叫んでいるのが聞こえたが、雑音のせいで意味のある単語が全く聞き取れずにイライラする。

自分に連絡を寄越したという事は、少なくとも逃げ出した訳では無いらしい。
となると、リキッドに何か不測の事態が発生しているとみてほぼ間違いない。

相変わらずザラザラと不快に耳を撫でるノイズが忌々しくて、ハーレムは舌打ちをしながら雷鳴止まぬ空を仰いだ。


『隊長ッ――――!!』

「リ…、――ッ」



  悲鳴


 閃光


視界が一瞬真っ白に染まり、同時に響き渡った轟音が鼓膜をビリビリと震わせる。

それが、ハーレムの思考を覚醒させた。

既に通話が途切れてしまった携帯を呆然と見つめる。
マーカーは何と言っていた?電波障害は雷鳴が聞こえ出す前から始まっていた。
それが引っ掛かっていたから、こうして自ら飛び出してきたのでは無かったか。

今の通話。
リキッドの悲鳴に呼応するかのように落ちた雷。


「力の、暴走…?」


原因はさておき、もしリキッドの能力が暴走しているのだとしたら、あまりゆっくり考えてもいられないようだ。

ハーレムは雷の落ちた方向、森の中央へと向かって走り出していた。

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