本棚1―1

□7月のライオン
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(PAPUWA期)


第2のパプワ島が本格的な夏を迎えようとしていたある日の深夜、人気の無い海辺をリキッドは一人歩いていた。
砂浜に寄せてはかえす波の音が耳に心地良い。


「やっぱ夜は涼しくなるなァ。風が気持ち良いや」


軽く伸びをしながら、頭上に広がる満天の星空を見上げて立ち止まる。

こうしてたまに夜の海辺を散歩することは、リキッドにとってある種の習慣だった。
ちみっ子やナマモノ達に囲まれて騒がしい昼間を過ごす反動なのか、夜の海辺をただ歩くだけで心が落ち着くのだ。


「――ん?」


そろそろ帰ろうかと思ったが、視界の端で何かが光ったような気がしてリキッドはそちらに目を凝らした。
初めは波間に反射する月か星明かりかと思ったが、それにしては位置がおかしい。


「岩場の方だな、行ってみるか」


もしかしたらヤマギシくん辺りが、また星の海にでも出掛けようとしているのだろうか。

少々心配になり、リキッドは駆け足で岩場へと向かった――。



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「……隊長?」


そこに居たのはハーレムだった。

酒瓶を片手に岩に腰掛け、火を着けたばかりであろう煙草をふかしている。
先程光ったように見えたのはライターの火だったようだ。


「よォ。お前も散歩かァ?」

「お前も、って。隊長こそどうしたんすか」


そう言いながら近寄っていくと、煙草に混ざって少し甘ったるいようなアルコールの香りがした。
大分飲んでるらしい。


「マーカー達が潰れちまってよ。仕方無ェから、一人月見酒だ」

「…うわぁ。それ飲み過ぎっすよ隊長」


あの3人も酒には相当強かった筈だが、「潰れた」という言い方からして無茶な飲ませ方をしたに違いない。
リキッドは心の中でマーカー達に合掌した。

よくよく見ればハーレムも少し頬が赤い。
一体何時から飲んでいるのかと問えば、飲み始めた時はまだ空が明るかったと脱力するような答えが返ってきた。


「肝臓ヤられて早死に、は流石に無いか…。なんたって隊長だし」

「どんな根拠だそりゃ。…まあ座れ、リキッド」


隣のスペースをポンポンと叩き、座るよう促される。
自分も飲まされるのではと躊躇したものの断る方が恐ろしいので、大人しくハーレムの隣に腰を下ろした。

それに一応恋人同士――と呼べるかどうかは非常に曖昧だが――でもあるので、こういったシチュエーションは単純に嬉しくもある。

だからその恋人(?)が隣で酒をラッパ飲みしているという、月見酒にしては情緒の欠片もないような行いには目を瞑ろう。


「それ。何、飲んでるんすか?ウィスキー?」


鼻先をくすぐる何時もとは違う甘い香りに少し興味を惹かれ、リキッドはハーレムの手元を覗き込んだ。
透明な瓶の中で揺れる液体にはうっすらと色がついている。


「コマンダリア。ワインだ」

「こま…?」


聞いたことがあるような気もするのだが、酒の知識など殆ど無いリキッドにはそれがどういう物なのか、いまいちピンと来ない。


「飲むか?甘ェぞ」

「いや…俺、酒は…」


甘い、という言葉に多少心を揺さぶられたが酒は酒だ。リキッドは自分が酒に弱いことを経験上嫌と言うほど自覚している。
しかしハーレムが飲め、では無く飲むか?と疑問符を付けて聞いてきたのは意外だった。


「………まぁ少しだけ、なら」


そう答えてハーレムの方を見上げれば驚くほど柔らかい笑顔があった。
輪郭を飾るその長い金の髪に、月明かりがキラキラと反射している。


「ほらよ」

「…イタダキマス」


差し出された瓶を受け取って、ほんの少しだけ口に流し込む。

トロリとした舌触りにアルコール度数の高さを感じたが、思った以上に飲みやすい。
何より喉の奥から鼻孔に抜ける甘い香りに、リキッドは小さくため息をついた。


「うめェか?」

「…はい。何かコレ、好きかも」


アルコールが美味いというのは人生で初めての経験で、気がつけば一口、また一口と口に運んでしまう。
瓶の中身はハーレムから渡された時点で既に半分近く減っていたが、更にそのまた半分を一人で飲んでしまった。


「好き、か。ラベル見てみなリッちゃん」

「へ…?」


若干酔いが回ってきていたので焦点がぼんやりしていたが、瓶を月明かりにかざしてラベルの表記を何とか読み取る。


「“EROTICA COMANDARIA”……?…え、えー!?何でこんなエロい名前な、ん…ッ!?」


振り向くと同時に、唇が塞がれた。

驚いて半開きだった歯列の間からハーレムの舌が口内に入り込み、かき回される。


「ンぅ…っ、ふ…」


酒の甘い香りと煙草の苦味が口一杯に広がり、酔いの回りが加速したリキッドは瓶を取り落とした。
ごつ、と岩に当たる音がしたが割れはしなかったようだ。


「は…。甘ェな…」

「ン、たいちょ…ッ、ふあ…!」


煙草を捨てたハーレムに両手で頭を抱えられ、噛み付くようなキスを施される。
酒に酔った体ではバランスを保てず、それでも必死に目の前のハーレムに腕を回してしがみついた。

少し濡れた青い瞳と視線がかち合う。
酔っているのは自分だけではないのだと、今さらのように思った。


「ぅあ…っ」


タンクトップの裾から入り込んできたハーレムの手に背筋を撫でられ、ビクリと体が震える。
離れた唇の端から伝い落ちる唾液を舌で舐め上げられ、頬に軽くキスを落とされた。


「我慢出来そうにねェわ…。いいか?リキッド…」

「こ、こまで持ってきといて…」


続きを言葉にするのが面倒で、今度は自分からハーレムの頭を引き寄せて啄むようなキスを返す。

火照った体は、もうどうしようもなかった。

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