本棚1―1

□グッバイ、オニオン!
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ぴた、とリキッドの手が止まった。

そりゃそうだろう。大嫌いな筈のタマネギを、あろうことかその本人が料理したいなどと宣ったのだから。
それでも好奇心の方が勝ったのは、生来の性格ゆえか。


「タマネギですよ?隊長の嫌いな」

「見りゃ分かる」

「臭い、ついちゃいますよ?」

「洗えばイイだろそんなもん」

「料理したことは?」

「無ェよ!…教えろ!」


質問に1つ1つ答えるたびに、リキッドの顔が焦りに染まっていく。
何なんだ。そんなに可笑しいことを言っているのだろうか。


「…何か変なモン食いませんでした?」

「眼魔ほ――」

「わーッ!?スンマセンッッッ!!教えますッ、教えますから必殺技はヤメてッッッ」


立っていた場所から飛び退いたリキッドを一瞥してから、ハーレムは置かれていた包丁を手に取った。
よく研がれているのだろう、曇りひとつ無い。


「オラ。早く教えてくれよリッちゃん」

「あ、ハイ。…まずは――」


かくして、ハーレムの奮闘が始まった。


――1時間後


「おおスゲェ、本当に飴みてーになるんだなァ」


何だかんだで殆どの行程をこなしてしまったハーレムが感嘆の声をあげる。
リキッドが側についていたとはいえ、飲み込みの早さはさすがと言うべきか。


「でしょ。味も飴みたいなんですよ!」


そう言いながらほんの一口分をスプーンに掬い、ハーレムの口元にずいっと差し出してみる。
差し出された物を目の前にして、ハーレムは途端に固まってしまった。
作業に夢中になりすぎて、「食べる」ということをすっかり忘れてしまっていたようだ。


「はい、たいちょ。あーん」


ここまで来れば悪ノリついでだと、甘ったるいマネもしてみる。

嫌いな食べ物でも自分自身で調理した物なら食べてしまう子供は多い。
果たしてこの子供のような大人はどうするだろうか?

心持ちのけ反るような仕草を見せるハーレムに少し焦れったくなり、今度はスプーンを鼻先に持っていってやる。
それでも中々動こうとしなかったが、やがて観念したのか恐る恐るといった風に小さく口を開いた。


「噛まずに飲み込むとかはナシですからねっ」


ハーレムの決心が揺らぐ前にと、その口にタマネギを放り込んでやる。
舌の上にタマネギが乗ったことでハーレムは益々身を固くしたようだった。

しかし不安なのはリキッドも一緒だ。
上手く出来ている自信はある。
だが、もしこれで駄目だったら…?

そう考えると急に恐ろしくなって、ハーレムから視線を逸らした。
咀嚼しているらしい小さくくぐもった音だけが耳に届くが、果たして―――

コクリ、と飲み込んだのは分かった。だがハーレムは無言だ。駄目だったのだろうか。
不安に耐えきれなくなり、そおっと視線をハーレムの方に戻そうとした。


「ぎゃあっ!?」


その途端、両腕を掴まれて悲鳴が飛び出た。


(怒られる――ッッッ)


そう思ってギュッと目を閉じたが、次の瞬間には勢い良く引き寄せられ、その硬直した体はハーレムの腕の中にすっぽりとおさまってしまった。
何が何だか分からずに目を白黒させていたら、耳元でたった一言、声がした。




「美味い」




意味を理解するまでに数秒かかった。
何が?美味いって何が?


(うま、い…)


「隊長ッ」

「うおッ!?っぶねェな」


ぶつかりそうになるのも構わずに顔を上げたら、ハーレムの笑顔が目に飛び込んできた。

ああ、笑ってる。食べれたんだ。
食べさせて、あげれたんだ。


「食べれ、ましたね」

「おう」

「美味かった?」

「おう」

「ホントに?」

「しつけーぞ」

「敵、倒せたじゃないですか」

「…おう」


それから互いに、顔を見合わせて笑いあった。



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「ロタローも食べてくれますかねェ、隊長?」


保存する分を冷凍庫に仕舞いながら、新しく淹れた紅茶をすすっているハーレムにリキッドは声をかけた。


「分っかんねーぞ、あの女王様は。下手すっと切腹ゴッコさせられるかもなァ」

「不吉なこと言わないで下さいよ…」


折角保存する分まで作ったのに。
シュンとしていたら、大きな手でポンと頭を撫でられた。


「心配すんな。この俺が食えたんだ、10年足らずのタマネギ嫌いなんざ取るに足んねェだろ」


確かに、そうかもしれない。
何よりロタローの身内であるハーレムにそう言って貰えて、自信が湧いてくる。

ふと時間を確認すると間もなく3時。
ちみっ子たちがおやつを食べに帰ってくる時間だ。


「お。アイツ等そろそろ帰ってくるなァ」

「そっすね。隊長もおやつ食べていきます?今日はメロンムースとスイカのグラニテですよ」

「食う」

「じゃあ手伝って下さい」

「調子に乗んなッ」

「あっぶね!!カップ投げないで下さいよッ」


振り返ると同時に顔面目掛けて飛んできたカップを寸でのところでキャッチして、リキッドは喚いた。


「おかわり」

「フツーに言ってッ?!」


第2のパプワ島は、今日も平和です――


グッバイ、オニオン!

「わー!何でタマネギなんか入れるのさ!」
「まぁまぁロタロー。あめたまはとっても甘いぞー」
「えー、ウソだぁ」
「ウソだと思って食ってみな。不味かったらリッちゃんが切腹ゴッコしてくれるってよ」
「ホントー?じゃあボク食べてみるよ!」
「せーっぷく!せーっぷく!」
「わうー!」
「いや切腹は勘弁して下さい」

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