GIFT

□好きに過ごすのが一番
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マーカーの朝は早い。
それが例え、本部に帰投しての貴重な休日であったとしても。

ふ、と息を吐きながら構えていた青竜刀をゆっくりと下ろす。狭くはないがさして広いとも言えない室内で、獲物を振るうのも鍛錬の為だ。とは言え普段の任務でこの青竜刀を振るうことは無い。あくまでも、集中力の鍛錬である。
しかし今日はどうも集中力に欠ける。本当に久しぶりの丸一日の休暇であるので、思いのほか疲れが溜まっていたのかもしれない。

額にじわりと滲んでいた汗を拭い、朝食を摂ることにして備え付けの簡易キッチンに向かったマーカーであったが、持ち込みの食材を切らしていたことに思い当たって足を止めた。

「……まったく」

己に向けて悪態を吐き、踵を返して自室を後にする。確か共有スペースにしているゲストルームに幾らか食材があった筈である。簡易な物しか作れないだろうが、朝食ならばそれで充分だ。
だが問題もある。
同じく休暇である筈の騒がしい同僚達、或いは暇を持て余した上司と鉢合わせをしやしないかという問題だ。
一瞬ためらったものの、まだ早朝と呼んでいい時間帯。起きていたとしても唯一静かなドイツ人くらいだろうと腹を括ってドアを開けた。しかしそこには。

「よお、早ぇな」
「――お、はようございます。隊長こそ、」

お早いですね、そう言い掛けたがすぐに口を噤んだ。気怠そうにソファに腰掛けて煙草を吸うハーレムと、その膝の上に見慣れた金と黒の頭が乗っているのが見えたからだ。

「夢見が悪かったみてェでよ」

情けねえよな――そう言いながら恐らくまだ眠っているのであろうリキッドの頭を、撫でる手付きはひどく優しい。テーブルの上には空になったマグカップがひとつ。眠れずに泣く子供の為にホットミルクでも作ってやったのだろうか。

「休暇ンとこ悪ィが、朝飯作ってくんね?」
「簡単な物でよろしければ」
「構わねーよ。そんかわり、多めでな」
「――いえ、軽めにしておきましょう」
「……あ? 何でだよ」
「代わりに昼食を豪勢な外食にするというのはどうです。5人分の食事代は経費で落とせるように細工致しますので」

――正直、口から出ているのが己の言葉であるなどとは、発しているマーカー自身にも信じられなかった。ハーレムも言っているように今日は休暇なのだ。それも貴重な。
いくら所属メンバーが極端に少ない部隊だとは言え四六時中顔を突き合わすには少々鬱陶しい。そう、思っていた筈なのに。

「たまには、いいでしょう?」

何か言われる前にそう言い訳をする。
視線の先でポカンと口を開けたハーレムが煙草を取り落としそうになっていたが、それを注意してやる事も今はままならない。

だって可笑しいだろう。この私が。
こんな甘い顔を見せるなどと。
嗚呼、やはり疲れているな。

くつくつと笑い声が喉の奥から漏れてくる。
ハーレムはいよいよ青くなって、明日は雨か、槍か、まさか核でも降ってくるのかと囁くように繰り返していてますます可笑しい。

「う、ん、……ん? あれ?」
「起きたか、坊や」
「え? まー、か……? たいちょ、え?」

話す声がうるさかったのだろう、リキッドが目を覚ましてしまった。そしてこの奇妙な状況が飲みこめるはずもなく、寝惚け眼を擦りながらキョロキョロと辺りを見回す様はさながら小動物だ。

「隊長と一緒に顔を洗ってこい、朝食は用意しておいてやる。それと……昼は食事に出掛けるぞ、全員でな」

結局ハーレムが取り落とした煙草を寸でのところで灰皿に受けながらそう言ってやると、リキッドは途端に目を輝かせながら起き上がった。全く、夢見が悪かったなどとは到底思えない。

「俺、肉食いたい!」
「もう少し具体的に言わんか。――ああ、顔を洗うついでにロッドとGも捕まえて来い。まだ言っていないからな」
「分かった! もー、隊長はやくっ!」
「お、おう……?」

ニコニコと笑うリキッドに引き摺られていくハーレムの姿が滑稽で、マーカーは思わず吹き出してしまう。ひ、という小さな悲鳴が聞こえた気がしたがそれももう扉の向こうでの事だった。

「さて。サンドイッチでも作ってやるか」

休暇だがこれも仕事のうち――否。
己が「そうしたい」のか、と。
一連を振り返りながらマーカーはこの奇妙とも言える己の言動にどうにか結論を導き出す。

「――まあ……悪くは無い」

呟いた口元が知らずほころぶ。
休暇は、まだ始まったばかりだ。





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