GIFT

□サイン
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最近リキッドが何と言うか、つまらない。


「リッちゃ〜ん、次のレースなんだけどよォ」

「どうせホイミにしかブッ込まないのに俺に聞いてどうすンすか」


こんな具合に微妙にとりつくしまが無いのだ。
その上、更に絡もうとすればすぐに怒り出す。まあ結局は物理的に言うことを聞かせるのだが、そんな事ばかり続いていればハーレムも当然面白いはずもなく。


「オマエ減給」

「どうせ俺の給料なんて元から無いようなもんだし、どーぞご勝手に」

「ンだとォ?」

「ホントの事でしょ! いーから邪魔しないでくださいよ報告書作ってンだから!」

「あア? ンなお決まりの報告書なんざ誰も読まねえっつの、うっわ汚ェ字」


ブリーフィングルームのテーブルに置いてあった書きかけの書類をヒョイと持ち上げて、その拙い字をからかう。そうすれば顔を真っ赤にしたリキッドが「返せ!」と喚きながら飛び掛かってくる――……というお決まりの行動を予想していたハーレムだったが、その考えは見事に裏切られた。


「〜〜ッ隊長なんか、大ッ嫌いだ!」


書類が乱暴に奪い返されリキッドの言葉に反射的に怒鳴ろうとしたハーレムはしかし、その顔を見て言葉に詰まってしまう。

ポロポロと零れ落ちる涙――これは見慣れている(それもどうかとは思うが)、けれどその驚いたようなポカンとした顔にはどう反応すれば良いのか分からなかった。


「――――ッ」

「っ、おい」

「さっ…わンないで!」


走り出そうとしたリキッドの腕を引き留めようと伸ばした手が、パシンと振り払われる。


「部屋、戻る。戻って報告書、書くンすから、もう邪魔しないでください!」


言うが早いか、再び床を蹴ったリキッドはあっという間にブリーフィングルームから走り去ってしまった。くしゃくしゃになってしまった報告書を、握り締めながら。





「何なんだよ……」

「あーあー、隊長またリッちゃん泣かしてらー。今度は何やったンすかァ?」

「うるっせえな、オメーも減給すっぞロッドォ」

「げっ、そりゃ無いっすよ」


リキッドと入れ違いに、陽気なイタリア人と寡黙なドイツ人がブリーフィングルームへとやって来た。買い出しでも言い付けられていたのか、双方とも両腕には目一杯食料品やらが詰め込まれた紙袋を抱えている。


「っだー、重い! マーカーちゃんてば人使いが荒いよねェ」

「……隊長。リキッドはもしかして、ここで報告書を書いていたのではありませんか……?」


荷物をテーブルに置いたGが、そこに置かれたままだったリキッドのファンシーなペンを見付けて声を掛けてきた。そうだ、と答えながらハーレムは憮然とした顔で煙草に火を着ける。しかしソファに腰を落ち着けてしまうのも何となく気が引けた。


「ロッド、灰皿寄越せ」

「あー……、もしかして報告書絡みでからかっちゃったンすか?」

「――どーゆー意味だよ」


ロッドがワザとらしく溜息をつきながら寄越した灰皿。受け取らずに、火を着けたばかりの煙草をそこに押し付けた。


「……最近、やっと書き方を覚えたんです」

「それで? っつーかまァだ覚えてなかったのかよアイツは」

「いやいやいや、リッちゃんちょー頑張ってたよ隊長。マーカーとかGとかならともかく、俺にまで頭下げちゃってさァ」

「……リキッドは何かを覚えるのに、少し時間がかかりますから」

「そりゃ残念なトリ頭だしなァ」

「そーじゃなくてェ…リッちゃん本人が覚える気満々で頑張ってンのにそれでも、短い文章すら覚えられないって普通に考えたらおかしいっしょ」

「……ごく軽度ですが識字が困難なようなんです。日常生活や任務では今の所困ってはいませんが、きちんとした形式のある書類の文面となると難しいようで……」

「――それと今のリキッドとに、何の関係がある」


我ながら硬い口調だった――ゆえに、


「もう分かってるデショ? 隊長」


見透かされた。
ロッドからリキッドのペンが差し出され、Gからはあの子供が好みそうな菓子を渡される。
フン、と鼻を鳴らしてそれを受け取ったハーレムは、バツが悪いのを何とか顔に出さぬよう努めながら、足早にリキッドの部屋へと向かった。





「おいリキッド、邪魔すっぞォ」

「邪魔です。……入ってくんな!」


ノックも無しに踏み入ったリキッドの自室。
背を向けている為に顔は見えないが、グスグスと鼻を鳴らしている辺りまだ泣き止んでいないらしい。
リキッドの向かいにはマーカーが座っていたが、この優秀な部下は色々と察したのかスッと立ち上がった。


「ロッドとGが戻って来てンぞ。買い出ししてきたモンの整理してやれ」

「分かりました。――ああ、その書類、あとは隊長のサインだけですので」

「……おう」


それだけ応え、部屋を出て行ったマーカーの代わりにそこに腰を下ろす。
小さなテーブルの上には、くしゃくしゃだった書類が丁寧にそのしわを伸ばされて置かれていた。


「……汚ェ字」

「――ッ」

「でも俺様よりは、マシだな」

「……え……?」


リキッドが不思議そうな声を上げるのには構わず、書類の文面に目を走らせる。確かに字そのものは拙いが、良く出来た報告書だった。最後まで目を通したそれを再びテーブルに置いたハーレムは、無言のまま、手に持っていたリキッドのペンで署名欄にサインをした。我ながら、下手くそな字で。


「あとで、マーカーの所に持って行け。まとめて本部に提出すっからよ」


書類とペンと、そして菓子をまとめてリキッドに押し付けるように寄越す。
そうしたらまた、ぽかんとした顔。だが先程とは違って若干間抜けな、顔。


「なァにアホ面さげてんだ、ガキ」


そうからかってやれば、みるみる内に今度はくしゃりと表情を歪めて泣き出した。


「よっくもまあ、そんなクルクルと百面相が出来るもんだ。テメェでも言っちまうとは思ってなかったんだろ? 【大嫌い】ってよ」


しゃくり上げながらもしきりに頷くさまは、叱られている子供そのもので。それが、どうにも気まずい。そもそも原因を作ったのは――リキッドに「大嫌いだ」と言わせてしまったのはハーレムなのだ。


「……っふ、ぅ、え……!」

「あーもー、泣くな。……悪かったよ、邪魔しちまって」


片手を伸ばし、頬を濡らす涙を指の腹で拭ってやる。顎に指を掛けて軽く上向かせれば、不安気に潤んだ瞳と視線がかち合って理性が飛びそうになった。


(あぶねェなあ……)


リキッドの泣き顔にはどうにも加虐心や独占欲を掻き立てられる。だがそれは庇護したいという想いと背中合わせになっていることは、ハーレム自身よく理解していた。


「まだ【大嫌い】か?」

「きらいじゃ、ない……っ」

「だよな、俺のこと大好きだもんなァ。褒めてもらいたくて報告書頑張っちまうくらいによォ?」

「……そーゆートコは、ちょっときらい」

「このやろ」

「へへ……ッ」


そら、もう笑った。この子供は全く単純だ。
つられて笑いながら、立ち上がったハーレムはきょとんと上向くリキッドの額にキスを贈る。呆けてる間にもうひとつ、唇にも。


「おーい。あんま無反応だと、反応するまでやっちまうぞリキッドー?」

「……ばっ、バカ! って、もうやってンじゃないすかこのセクハラオヤジ!」

「いてっ、ちっとくれェいいだろが」

「よくねェし!」


胸元に這わせようとした手を叩き落とされたハーレムは、しかし満足気に笑う。


「なンすか気色ワリィ」

「べっつにィ?」


これが、やりたかったのだハーレムは。
いつもの他愛ない掛け合い。ハーレムがちょっかいをかけて、リキッドがキャンキャンと噛み付いて。

別にそこに愛を囁く言葉が無くともそれだけで確かめ合える、ふたりのしるしを――。


(ま、暫くは手ェ出さないでおいてやるか)


悪い大人の欲望をひとまず頭の隅に追いやって。
叩き落とされた手を再度持ち上げたハーレムは、それをリキッドの頭にポン、と置いてやった。

リキッドはきょとんとしている。
ハーレムはそれを見てまた、笑った。





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