本棚1―2
□クラッカーの中身は大人の事情で言えない
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【2014年クリスマス/特戦期】
ず、と鼻をすする音。
次いで乾いた咳の声。
「ごめん、なさ……」
「いーから大人しくしてろ」
それは物の見事に風邪だった。
真っ赤な顔を布団から覗かせて謝るリキッドの額に、氷水で絞ったタオルを乗せてやる。一晩が明け、熱は少しは下がったが、昼を過ぎてもこの調子ではまだ油断は出来ない。
「隊長、おこってる……」
「まあな」
「せっかく、クリスマス、なのに」
そう、世間はクリスマス。
予約してあった小洒落たホテルの一室で、聖夜とはまあ名ばかりのお楽しみの一夜を過ごすつもりが、当てが外れた。
リキッドが風邪を引いた、否、既に引いていた為に。
「確かにいつもと違うシチュエーションで朝までたっぷり可愛がってやろうかっていう計画はオジャンだけどな。俺が怒ってンのはそんな事じゃねえ」
「……?」
「調子が悪かったンならもっと早く言えよ、この馬鹿リキッド」
数日前から鼻をすすっていたのは知っていたが、まさかここまで酷い風邪だったとは思ってもみなかったのだ。
良くも悪くも旅慣れしている自分達とは違い、リキッドはまだあちらこちらの国を飛び回る、その気候の変化について来れない事が多々あった。
自己管理がなっていないと言えばそれまでだが、まだ子供と言っても差し障りの無いリキッドを責めるのはやや酷だろう。
たかが風邪、されど風邪。クリスマスイブの豪華なディナーも完食する事が出来ずに、リキッドは昨晩とうとう根を上げた。
そもそも朝からどうもおかしかったのだ。
華やかに飾り立てられたクリスマスマーケットを見て回っている時も、いやにはしゃぎ回ったかと思えば急にぼおっと突っ立っていたりした。それでもニコニコと笑っていたリキッドの姿にこちらもつい油断して、結果この有り様だ。
「……だって、すげぇ楽しかったんだもん……。隊長だって楽しそうだったから、だから」
「ガキが余計な気ィ回してンじゃねーよ、あーもう泣くな」
リキッドの目頭にぷくりと涙が溜まったかと思うと、目尻の方へと流れて落ちる。
次から次へと溢れるそれに、居た堪れなくなって。
「っ……ん……、ふ、」
涙を溢すまなじりに、気が昂って上気した頬に、そして少し乾いた唇に、宥めるようにキスをした。
もっと早くに気付いてやれれば寒空の下を連れ回すこともなく、せめて違うやりようもあったのに。
そんな謝罪の意も込めて。
「っ……ァ、たい、ちょ……風邪、」
うつる、と言い掛けたリキッドの唇にかぶりつき、舌を滑り込ませる。
口内はひどく熱く、逃げ回るのを捕らえた舌は小さく震えていた。
「ふ、ぁ……」
ひとしきり弄び、ゆっくりと唇を離す。
リキッドは吐息とともに気力まで吐き出してしまったように、すうっと目を閉じた。
そのまま、かくんと横を向く。
「ったく……やっと寝たか」
額からずり落ちたタオルを掛け直してやり、そうひとりごちる。
朝からずっと「寝ていろ」と言っても聞かず、それでも体がもつ筈も無くたまにウトウトとして、だがすぐに目を覚ましては「ごめんなさい」の繰り返し。
それで気が紛れるならと他愛の無いお喋りに付き合ってやっていたが、それでまた熱が上がっては元も子もない。たかだかキスくらいで目を回すお子様で、今回ばかりは助かった。
しっかりと一眠りすれば、夜には少しは元気になるだろう。
「つーか、元気になって貰わなきゃ困るしなあ、色々と」
まだクリスマスは終わっていない。
折角用意してあるクリスマスクラッカーも、このまま使わずに終わるなんてもってのほかだ。
今夜は軽めの夕食を部屋で取ることにして、さてこのまま金とコネにものを言わせて延泊するとしよう。
さっさとそう決めてしまうと、カレンダーを睨みつつ備え付けの電話の受話器を持ち上げる。
まず掛けた先は、デキの良い部下だ。
「おう。明日からの任務、俺とリッちゃんはパスってコトでよろしく。――あ? クラッカーの中身はまだ使ってねぇんだ。あの馬鹿、風邪引いちまってよォ。――」
【最初から頭数に入れていないので、
問題ありません隊長】