本棚1―2
□街中にて
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大きな街。でも、知らない街。
一歩前を行く隊長だけが今は頼りだった。
石の建物が立ち並ぶそこは人通りこそ少ないが、代わりに大きなトラックや車が結構ひっきりなしに行き交っている。
ついこの間まで戦争をしていて、今は復興の途中なのだと教わった。その時ついでに支部を置いたから視察半分補給半分で立ち寄ったのだと言う。そんな補給品の中に吸いたい煙草が無かったとかで、隊長は街に俺を伴って繰り出したのだ。
知らない街だからこそあちこち見て歩きたかったけれど、隊長は結構な速さで歩みを進めるので、俺はついていくだけで精一杯だった。
「隊長は、ここ、来たことあるンすか?」
「昔な」
短い返答。少し不機嫌に感じるのはしばらく煙草を吸っていないせいだろうか。
「わ……っ」
急に、隊長が立ち止まった。
ぶつかりそうになって慌てて歩みを止める。
信号だ。
とは言っても俺はこの国の信号に馴染みが無くて、隊長が立ち止まらなければそれが「止まれ」を意味しているなんて分からなかっただろう。色んな信号があるんだな、なんて思いながらふと辺りを見回して驚いた。
人が、居ない。
目の前の道を何台もの車が横切って行くが、信号を待っている人間が自分たちの他にひとりも居ない。ついさっきまですれ違ったり追い越されたりしていたのに。
ふ、と。
音が途切れる。
そんな瞬間があった。
目の前に隊長の背中があるのに、ひとりぼっちで世界に取り残されてしまったみたいな、唐突な不安に襲われる。
「何だ?」
気が付けば俺は隊長のシャツの裾をぎゅっと掴んでいた。
何だと問われても返事が出来ない。
だって、自分でも何をしているのかよく分かっていなかったんだ。
どうして? ぐるぐると頭の中を巡る問い。答えになる言葉が見付からない。
でも手は離すことが出来なくて、そしたら。
「んっ……?!」
キスされた。
一気にその事実に対して意識が向かう。
離れる唇。
触れ合っていたのはほんの僅かな時間。
いや、そんな一瞬だってびっくりする。だってここは。
「どこっ、こ、ここっ、どこだとっ」
「外」
「当たり前のように言うなッ!」
「うるせー煙草の代わりにすんぞコラ」
「どっちも街中で吸うな!」
「あン? ナニ想像してンだエロガキ」
「ちっげェーよ!! そっちこそ昼間っから何考えてンだこの変態オヤジ!!」
「――何だ元気じゃねーか」
「は?! ……ぇ、あ……」
いつの間にか街は元通りの喧騒に包まれていた。まるで悪い魔法が解けたみたいに。
隊長が笑っている。
俺もつられて笑う。
信号は「進め」に変わっていた。
【手、繋いでも怒られないかな?】