本棚1―2

□主は来ませり
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【2013年クリスマス】


クリスマス・ムード一色の街中。
家族連れやカップルが、幸せそうな顔で行き交っている。
それを傍目に俺はため息を吐いた。

隊長とはぐれてしまって。
まだ、会えていないから。

折角連れ出して貰ったのに。
近くで何かイベントがあったのか、寄せる人波にのまれて気が付けば見失っていた。
携帯は余りの人出に通信規制がかかっているのか全然繋がらない。
それでも何度もコールしたせいで、バッテリィももう残り僅か。

少しウィンドウショッピングをして、それからホテルに食事に行くはずだった。
場所は、隊長しか知らなくて。


「さっみィ……」


隊長を見失った場所から、あまり離れていない小さな広場で突っ立ったままで居るので、正直とても寒い。
思わずそのまま言葉に出てしまうくらいに。
ホテルの部屋で食事をとるから小洒落た格好でなくて構わない、と言われて割といつも通りのラフな格好だったのが救いだけど(フォーマルな服って、夏は暑苦しいし冬は防寒にならないものばっかりだ)、そろそろ冬の夜の空気に同化してしまいそうで。

それからまた少し時間が経ち、周囲は何となく家族連れが減ってカップルが増えた。
何度か男女問わず声を掛けられたけど「人を待っているから」と丁重に(しつこい客引きは、ちょっと脅かしたりして)お断りして。
何処からか聞こえてくる讃美歌のリズムに揺れている、そんな風体を装わないといけないくらいに体は冷え切っている。


「あ……っ」


その時、ポケットの中の携帯が震えた。
はじめ体を揺らしていた所為で中々気付けなかったそれを慌てて取り出して、ディスプレィを確認すればそこには。


「――隊長!……え、あれ……?」


愛しい人の名が表示されていたが、すぐに消えてしまった。


「うそ、バッテリィ……」


今ので、僅かだった残量が尽きたのだ。
こんな事になるなら繋がらないのにやたらめったらコールなんてするんじゃなかった、なんて後悔してももう遅い。
真っ黒になった画面を呆然と見つめながら、その場にへなへなとしゃがみ込む。
俺のバッテリィも尽きてしまったみたいだ。

帰ろうか。
本部までの帰り道なら分かる。


「……ハーレム隊長……っ」


でもどうしたらいいのか分からなくて。
思わず、名前を呼んだ。
消えそうな小さな声で。
そしたら。


「リキッド!」


広場の、反対側からそれは聞こえた。
恥ずかしげもなく張り上げられたその声に、周囲の人が何事かと止めた足が目に入った。
弾かれたように俺は顔を上げて、分かり切っている声の主を探す。

――いいや探すまでもなかった。
こちらに向かって一直線に、その金の髪を獅子のたてがみのように揺らしながら進んでくる姿。
ハーレム隊長。
いとしい、ひと。

俺も、と立ち上がったまでは良かったが、冷え切っていた体は思った以上に動いてくれなくて、直後足をもつれさせて、転ぶ。
石畳とキスをするような無様までは晒さなかったけれど、今度は中々立ち上がれない。
凍ってしまったかのような関節がギシギシと音を立てているようだった。


「なァにやってンだ、この馬鹿!」

「うわ……っ」


頭上から声が降ってくると同時に、腕を掴まれて引き起こされる。
そのまま、俺より遥かに逞しいその胸の中に抱え込まれてしまった。


「――手ェ、握ってれば良かった。くそ」

「ゴメン、なさい……ぃ……っ」

「怒ってやしねェ、ああコラ泣くなっ」


安心感やら隊長の体温の暖かさやら。
色んなものに満たされる代わりに、それまでの不安や寂しさが溶けた涙がポロポロと押し出されていく。
そんなぐずぐずに泣きじゃくる俺の頭上で、「息子さんかい?」「いいや、恋人だ」なんてとんでもない会話が急に始まって、びっくりして顔を上げた。

サンタが、居た。

きっとどこかの店の客引きなのだろう。
そのサンタと呼ぶには少しばかり若い男は、気の良さそうな笑顔で俺と隊長の顔を交互に見ると、手に持っていた何かを掲げた。
目に入ったのは鮮やかな赤いリボン。
なんだろう――そう考える暇も無く、隊長からキスをされた。

「メリークリスマス!」サンタが高らかに声を張り上げるやいなや、周囲から一斉に歓声が沸く。
俺は事態を飲み込めなくて、隊長が唇を離しても目を白黒させるばかりだった。
そんな俺を余所に、隊長は周囲の人たちに向かって優雅に一礼すると俺の手を取って歩き出す。


「た、隊長……っ」

「ヤドリギ」

「ヤドリギ……って」

「アレの下じゃキスし放題だからな」


その言葉を聞いて元来た方に振り返ると、サンタがまだ手を振っていた。もう片方の手に赤いリボンで飾られた、ヤドリギのブーケを掲げて。


「だ、だからってあんな……みんなの前ですることないじゃないすか!」

「拒否しなかったオマエが悪い」

「だってサンタが持ってるのが何か、分かンなかったんだもんっ」

「分かってたら、拒否したか?」

「そ、れは……っ」

「それは?」

「わっ……分かんないっす!」

「じゃあ、もっかいな」

「へっ? わあっ!」


突然、隊長が走り出す。
手は繋いだままだったから、引っ張られて転びそうになるのを何とかこらえてついて行ったその先。
隊長が指差したのは小さなホテルの玄関。

シンプルな看板には、上品な書体の金文字でこう書かれてあった。
「under the mistletoe」
――ヤドリギの下、と。


「……あはっ」


ああ。
もう今夜は、キスだけで済みそうにない。


【済ませてやるなんていつ言った?】

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