本棚1―2

□マッドティーパーティー
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【2013年ホワイトデー・特戦期】


その日。
夜通しの任務を終えて飛空艦に帰還したリキッドは報告もそこそこに、シャワーを浴びてから戻ってきた自室にて奇妙な違和感を覚えていた。

何か、いつもと違う。
しかしそれが何なのかが分からない。


「…なんだろ」


自他ともに認める足りない頭を使って考えようとはしてみたものの、任務で蓄積された疲労が思考の邪魔をする。

それよりも、早く眠ってしまいたい。
小さな窓の向こうに見える朝の空は爽やかに晴れ渡っていたが、今リキッドが掛けて欲しい言葉は“"Good morning!”ではなく“Have a nice sleep!”の方なのだ。


「うー…いいや、起きてから考えよ…」


リキッドを魅惑するベッドの白さ。
誘われるままにダイブして、手探りでお気に入りのマイヒーローのぬいぐるみを腕に抱いたリキッドは、瞬く間に深い眠りへと落ちて行った――…







「――…あ!!」


それは突然だった。
寝る前に見た情報が眠っている間に脳によって綺麗に整理され、得られた解答に急かされるようにリキッドは跳ね起きた。

そうして体を起こしたリキッドの視線の先にあるのは、大好きな夢の国のグッズばかりを集めた一角。
グッズと言っても今手にしているヒーローのぬいぐるみ以外はお菓子の箱や缶ばかりなのだが、それらは大好きな夢の国のもの。
そして全てハーレムから買い与えられたものだ。だから大して数があるわけでも無い。

その一角が違和感の正体。
どうして気付かなかったのだろう。


「コレ、持ってなかったハズ…!」


見覚えの無い、丸い缶が増えていたのだ。
持ち上げてみると中身もきちんと入っているらしいことが分かる。
「クッキー」とラべリングされてはいるもののやはり記憶には無かった。と、すると。


「まさか…でも、え、何で?」


ぐるぐる考えていてもこればかりは埒があかない。起き抜けの恰好そのまま、足元も裸足のままで、リキッドはその丸く可愛らしいクッキー缶を手に駆け出していた。
愛しい、ハーレムのもとへ。







「隊長!!」

「お、ナイスタイミング」

「へ?」


駆け込んだ先――ハーレムの自室――でリキッドが目撃したもの、そして同時に鼻先をくすぐった香り。

綺麗に整えられたテーブルとティーセット。
どちらも、ハーレムの自室には元来似合わないものだった(正直に言ったら彼は怒るだろうが)


「そろそろ来るころだと思って湯、沸かしといて正解だったぜ」

「あ、あの…」


訳も分からずにハーレムに近付いて行ったリキッドだったが、その手の中にあったクッキー缶を取り上げられて少し焦った。


「今の今まで寝こけてたんだ、どーせ腹も減ってンだろ?時間も時間だしがっつりとアフタヌーンティーにしようぜ。何せ俺様、英国紳士だしよォ」

「あの!」

「…あン?」


慣れた手付きでティーポットに湯を注ぐハーレムは、話を遮られた所為か僅かに不機嫌そうに眉根を寄せ、怪訝そうにリキッドの方を見やった。


「あ、の…。これ、一体…」

「まだ分からねェか?しょーがねートリ頭だなァ、リッちゃんは」


そう言いながらハーレムが指差した方向には、デジタルのカレンダー時計。


「3月、14日…?」

「オメーが言ってたんだぜ?日本にゃこんな習慣があるんだーって」

「…あ…ホワイトデー!」

「そーゆーこった。ほれ、クッキーにコレでも塗りたくって食え」


トン、とリキッドの目の前に置かれたのは先ほど取り上げられたクッキー缶と、小さなジャムの瓶。


「こっ、コレ…!」

「クッキー缶と一緒に箱に入ってた。ちなみに今淹れてる紅茶もな」

「もしかして、ホワイトデーのクッキーアソート?!」


つまり、これらは日本でしか売っていない。
そうすると、ハーレムはわざわざこのアソートを取り寄せたことになる。それも、リキッドの為だけに。


「っと、蒸らし過ぎちまう」


ティーバッグで淹れるのはあんま得意じゃねえンだ――そう言いながら差し出されたカップには、素人のリキッドが見ても分かる程に澄んだ水色をしていた。


「さて、ティーパーティーといくか」

「あ、じゃあ俺アリス!」

「オメーはさっきまで寝こけてたからヤマネだ、ヤマネ」

「えー?じゃあ隊長はー…」


言いかけて、リキッドは口をつぐんだ。
これは自然な話の流れなのか、それともハーレムによる誘導なのか――…


「お望み通り、今すぐベッド連れてってやろうか?」


…――決定。後者のようだ。


「答えの無いなぞなぞを出すのはマッドハッターの方でしょ、三月うさぎさん」

「ケッ、こういう時だけはよく働く頭だな。まあ折角の紅茶が冷めちまうようなマネはしねェよ。そん代わり、夜には期待させてもらうぜ?」

「いいっすよ。その代わりヤマネの機嫌を損ねたら、続きはないっす」

「そりゃ困るな」

「でしょう?」


そう言ってリキッドはにっこりと笑い、カップに満たされた紅茶を一口口に含む。


「…おいしい」

「ご機嫌で、何よりだ」


テーブル越し、重なった唇はまるでジャムのように甘く感じられて。

こんなお茶会なら永遠に続いてもいい…――そんなことを思いながら、リキッドはたっぷりとジャムを塗ったクッキーを頬張ったのだった――…





【ありがとう隊長!】

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