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□Iolite
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++jewel++

Iolite【石言葉:初めての愛】



その時、俺は少しウトウトと微睡んでいた。
同僚の中国人が「眠いなら横になれ、鬱陶しい」なんて言っている。
いつもながら言葉尻は厳しいけれど問答無用で燃やされない辺り、優しいな、なんて思ってしまう自分に笑えた。


「何がおかしい」

「ううん、ちょっとね」

「ならばさっさと寝――」

「おーいマーカー、邪魔すンぞォ」

「あ、たいちょーだ」

「……何でリキッドがココに居ンだよ」


突然開いたドア。そこには隊長が分厚いファイル片手に驚いた顔で立っていて。


「坊やが、眠れないとうるさいものですから」


俺が何か言う前に、マーカーが答える。
眠れないと相談したのは確かだけれど、別にうるさくした覚えは無い。でも、迷惑をかけていることは事実だから黙っていた。


「――ジャスミンの工芸茶か。テメーにしては奮発したじゃねェか」


テーブルの上に置かれていた茶器一式を見て、隊長は軽く目を見張った。価値なんて俺にはさっぱりわからなかったけれど、その様子を見るにとても高級なものらしい。


「夜通し纏わりつかれるよりはマシですので。隊長も召し上がられますか?」

「打ち合わせ、長かったっすね。なんかあったンすか?」

「だーっ、いっぺんに喋んな! くっだらねェ打ち合わせに付き合わされてイラついてンだからよ。あ、茶は寄越せ」


そう言いながら隊長がどっかりと腰を下ろしたのは俺の隣。ひとり分だけ、スペースを空けて。
でもそれは今は気にならなかった。任務がある前晩は、隊長は必要以上に俺を甘やかさない。この前、ホットミルクを持って来てくれた夜だってそうだった。「大丈夫」と判断されてる証だから、むしろ逆に安心出来るんだ。


「リキッド。明日はマーカーとペアだ」


俺たちが今居る土地は明日、戦場と化す。
本部を発ってから3日。俺がブッ倒れてから数えると優に10日が経っているが、体調は万全という訳じゃ無い。教育係を任されているマーカーと共に出撃すると言うのは至極当然な流れだ。


「……隊長と、一緒じゃダメ?」


それでも思わず口にした願望。
寝惚けてるからなんて、自分自身に言い訳をして。


「向こうを出る前に説明してやったろ。簡単な掃討作戦だ、俺が出るまでもねェ。リハビリ代わりにちゃちゃっと片付けてこい」

「分かってる……言ってみただけだから」


ふにゃりと笑って見せるが、ふと疑問のようなものがジワリと胸に広がる。
簡単な掃討作戦だというなら、何故こんなにも打ち合わせが長引いたのだろう。そもそも支部に着いてからのこの3日間、隊長は打ち合わせだ調整だと言っては飛空艦に殆ど戻って来なかった。


(隊長は何か隠してる? でも、何を?)


考えてみたものの、お粗末な頭では分かるはずもない。ただ何となく、自分に関係があるのだろうとは思った。


「隊長。茶が入りました」

「おう、さんきゅ」

「やっぱ綺麗だなあ、そのお茶」


背の高い、透明なガラスポットに注がれた湯は淡い琥珀色に染まり、底からは花が咲いている。水中花のように揺らめくそれはとても綺麗で。
自分にももう一杯とマーカーにせがんで、茶で満たされた小さな器を受け取る。味と香りだけでなく目でも楽しむ茶だと言われたそれに口を付けると、鬱々ととしていた気分が少しは和らいでいくようだった。





「そう言えば、ドクターの怪我……大丈夫だったンすか?」

「あんなん怪我の内に入るかよ、ちょこーっと火傷したくれェだったろ。なんだ、いきなり」

「……あのね、昔お袋に怪我させた時ももしかしたら同じだったんじゃないのかなあって、思って」


自分でも良く分からないままに言い出したが、十分に考えられることだった。それでなくとも前後の記憶は曖昧で、はっきり覚えている事と言えば雷が実家の近くに落ちた事くらい。


(もしかしたら、その時俺はもう)


不意に黙り込んだ俺を見て、隊長も何か察したかのように一度天を仰ぎ、そして俺の顔を見据えて言った。


「何にせよそれはもう過ぎた事だ。お前は怪我をさせちまった事を謝って、お袋さんにも注意不足だったって謝って貰ったんだろ?」

「うん……」

「それで納得したんなら、いちいち蒸し返す必要はねェよ」


隊長は少し言葉を選んでいるふうだった。やっぱり、隊長も気付いているんだ。
俺の頬にこの傷が出来た時、既に後催眠暗示は掛けられていた可能性に。そしてお袋に怪我をさせたのも、暗示のせいだったかもしれないという事に。

同時に新たな疑問も降って湧く。
頬に傷を付けてから隊長に出会うまでそれなりの期間が空いているのに、その間何も無かったのはおかしいのではないか。


(そうか、それがずっと引っ掛かってたから眠れなかったんだ……)


何かまだ知らないことがある。
否――知っている筈なのに、忘れていることが。


「明日は早ェぞ、もう寝ろ」

「……」

「――マーカー、ちっとあっち向いとけ」

「……あ、」


顎に隊長の指が掛けられる。そのまま上向かされ、近付いてきた唇を何故かぼんやりと眺めていた。
触れた感触は、ほんの一瞬。


「どうせごちゃごちゃ考え込み過ぎて眠れなくなってたんだろ」

「えへ……」

「――茶の……花の香りがする。任務の前晩じゃなきゃこのまま盛り上がってたな、すっげェそそる」

「ン、ちょ……ッ」


マーカーがすぐ横に――顔を背けているとはいえ――居るのに、抵抗する暇も無かった。
後ろ頭を抱え込むようにして体ごと引き寄せられ、合わさった唇を割って侵入してきた舌で口内をかき回される。深く激しいキスに息も継げない。
そしてそれは、何かを誤魔化すようで。


「あ、ふ」


くたりとして目を閉じた俺を見て、隊長たちは俺が気を失ったと思ったのかもしれない。暫くしてからベッドに寝かしつけられた、その枕元で小さな話し声がするのを夢うつつで聞いていた。




嗚呼、初めてあいしたひと。不器用なひと。
誤魔化されたフリをして、俺は睡魔に身を委ねた。


【アイオライト、おやすみなさい永遠に】

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