LOG

□Bloodstone
1ページ/1ページ



++jewel++

Bloodstone
【石言葉:救いの力】



「信号弾を確認しました。モニタ、出ます」


そう告げたマーカーの声も心なしか早口で、この鉄面皮でも焦ることがあるのだなと思いながら、ハーレムは指令室のモニタを見上げた。

それは一見すると場違いな花火。
通信機器をよく壊すリキッドの為に持たせていたアナログな連絡手段は、煌々と青く輝き彼の無事を知らせていて。


「この小せェ影がリキッドだな、距離は」

「1kmジャスト、近付いて来ています。ほぼ全速力で走っているようですね」

「リミットまで」

「10分切りました。ロッドとGはそれぞれ別部隊の飛空艦で既に安全空域まで離脱しています」

「離陸と安全空域までの到達時間考えっとギリだな…すぐ飛べるようスタンバッとけ!あと後部ハッチ開けろ、そっから入れる」

「は…隊長?!」


言うが早いか駆け出した己の姿に声を上擦らせたマーカーが可笑しくて。
きっと今頃あの切れ長の目を最大限丸くしているのかと思うと、その様を見られない事がハーレムは少しだけ残念だった――…





その日、ハーレムを始めとした特戦部隊は珍しく幾つかの部隊との合同作戦への参加を命じられていた。

地下軍事施設の殲滅が目的のそれは、対象があまりにも広大過ぎる為に青の一族の専売特許である眼魔砲では“掃除”しきれる範囲が及ばず――マジック曰く「私とハーレムがそれぞれ1ダースくらい必要だね」――、ある程度の掃討作戦ののち、大量の地中貫通爆弾(バンカーバスター)を一斉に喰らわせるという壮大にして単純な作戦内容だ。

地下施設という性質上、下手に内部に突入すれば味方ごと生き埋めになってしまう可能性があるのが厄介で、結局地上から重要なポイントのみを主力部隊の投入によって弱らせ、疲弊したところを物量に物を言わせて焼き払ってしまうという寸法である。

特戦部隊の面々は本部や支部から派遣されてきた大隊・中隊の隙間を埋めるような、所謂遊撃隊の役割を担っていたのだが、よりにもよって一番の心配の種であったリキッドからの定期連絡が、作戦も終盤という所で途絶えた。
――つまり、この土地が完全なる焦土と化すまでの制限時間が迫っているタイミングで。


「ったく、幾つ通信機とGPS壊す気だ」


走りながらそう毒づく。
リキッドは、その能力の所為でよく電子機器を壊す。なので信号弾というアナログな通信手段を持たせてあった。青は無事、赤は救援要請、頭の足りないリキッドでもこの2色なら間違えやしないだろうと厳選したものを。

その「青」が上がった。
この艦を視認し、タイムリミットまでに(本当にギリギリではあるが)帰還出来ると判断した上での「無事」の知らせ。

一応、任務に関してはまだ失敗してはいないという事もあって、ハーレムは怒るべきかどうか少し悩みながら艦の後部にある格納庫にたどり着いた。


「オイ走れェ!」


まだ少し遠いリキッドに届くわけがないと思いながらも、声を張り上げずにはいられない。遥か彼方を飛んでいる飛行部隊から、もう既にバンカーバスターは射出されている。猶予は無いのだ。

それでもああして、必死で“生”にしがみ付くよう全速で駆けるリキッドに手を差し伸べないハーレムではない。例え無様でも、生き抜けと教えたのは当のハーレムである。ならばその為の手助けをしてやることは、いわば必然だった。


「たん…ッ、担当区域の、制圧か、完了しまし、たっ!」


漸く開け放たれたハッチの所にまで辿り着き、息も絶え絶えに宣うリキッド。その頭を、結局、ハーレムはポンポンと撫でるに留まった。おつかいが出来た子供に対するようなその行為にリキッドは目を丸くしていたが、一言「任務完了だ」と告げてやると誇らしげに笑みを浮かべる様に、こちらも思わず嬉しくなる。


「さーて、じゃあリッちゃんと空の上でのデートと行くかァ」

「いっつも、空の上じゃないすか」

「んじゃたまには海の上にでも行くか?」

「豪華客船なら考えるっす」


そんな他愛の無い会話をしながら、艦内通信を通じてマーカーに急ぎ離陸の命を伝えた。
エンジン音が一際大きくなると同時に艦が揺れ、後部ハッチも閉まり始める。
これならどうにか、安全空域まで時間内に離脱出来るだろうと安堵した





その時だった。





微かな破裂音と風切り音。
完全なる油断。

狙撃――脳は認識すると同時に「避けろ」という信号を出したが、コンマ数秒のタイムラグの所為でその瞬間は動けなかった。
そんなハーレムを救ったのは、ほぼ同時に狙撃に気付いたのだろうリキッドの電磁波だ。

電磁波で発生した磁力でか空気のひずみでかは分からないが、兎に角も弾丸は逸れた。
ハーレムの右頬にほんの一筋の傷を残して。


「隊長!!」

「ってェー…、何処の馬鹿だクッソ!」


悪態を吐きながら弾丸が飛んできた方向を睨み付けるが、既に離陸した艦のハッチは閉じられ、頬の痛みよりも急激な気圧差で生じる耳の違和感の方が不快だった。


「とんだ最後っ屁だな、ったく」


目くじらを立てた所でどうせ狙撃手はじきに死ぬ。恐らく痕跡すらも残せずに。そしてこの頬の傷も痕にすら残らないだろう。


「だ、大丈夫っすか?!」

「あーあー、リッちゃんに助けられちまったなァ。ちっとばかし掠っただけだ、痕も残ンねェだろーぜ」

「そっすか、良かったァー…」

「もうちょい深けりゃ左と右でお揃いになるトコだった、な」


(――しまった)


安堵の表情を浮かべるリキッドの眼球が僅かに揺れるのを、見逃せ、なかった。


「リキ、」

『バンカーバスター着弾、衝撃波来ます!防御姿勢を!』


どう声を掛けるか考える暇も無く、スピーカから轟いた大音声がハーレムを突き動かす。
棒立ちになっていたリキッドを咄嗟に腕に抱え、尻餅をつくような形で床に転がると同時に艦が軋みを上げて揺れ出した。

大勢の敵兵を焼き尽くして舞い上がった風がガタガタと艦を揺らしている間。
もはや何も言えなくなったハーレムに残された手段は、ただただ、リキッドを抱き締め続けることだけだった。


「あー…ビックリしたァ…!」


揺れが収まり飛空艦が安定すると、緩めた腕の中から抜け出たリキッドは素直に今しがたの衝撃の感想だけを述べた。
否、述べたつもりだったのだろう。しかしそれはこれまでとは違い、わざとらしい声音をほんの少し含んでいた――…





…――そしてこの時以降、リキッドは頬の傷に直に触れるだけでも緊張するようになってしまったのだ。
完全に、ハーレムの失態だった。

それでもリキッドの口から傷が出来た経緯が語られることは無い以上、無理に聞き出す真似はしないと決めたからには待つほか無い。
自縄自縛とはまさにこの事だ。

傷にさえ触れなければ普段と変わらないことがハーレムにとってはまだ救いだったが、天秤を悪化の方へと傾けてしまった以上それもいつまでもつかという所か。


「どう、すっかねェ…」


既に何度も確認した、リキッドに関するデータファイルに何とはなしに目を通しながら独りごちる。
先はまだ、見えない――…


救いの力に、なれるだろうか


【ブラッドストーン、どうかご加護を】


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ