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□Amethyst
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++jewel++
Amethyst【石言葉:愛情】
2月も半ばを過ぎたとある日の午後。
特戦部隊の面々は久方ぶりに本部へ帰投していた。ガンマ団総帥であるマジックから直接、正式な召還状がハーレムへと叩き付けられたからだ。
「めんっっっどくせえ!」
ハーレムがそう吠えるのももう何度目か。
マジックから叩き付けられた召還状の内容が“ガンマ団主催の、取引先との親睦会を兼ねたパーティーに大人しく出席しなさい。もしまた逃げたらガンマ団の総力をもって捕縛して、お尻ペンペンだから!”という色んな意味での脅迫状めいた物だった為、いつも何だかんだと理由をつけて逃げていたハーレムも従わざるを得なかった。
あのマジックならやりかねない。
しかし面倒なものは面倒である。
生来あちらこちらを飛び回っている方が性に合っているというのに。
「隊長、こちらが本日のゲストをリストアップしたものです。目を通してしっかり覚えておけとのマジック様からのお達しですので」
「大体いつもの面子だろうがよ」
分厚いファイルをマーカーから渡され、しかし辟易してテーブルの上に放り出す。
どうせ見た目も中身も代わり映えのしない連中ばかりが雁首を揃えるパーティーだ。“大人しく出席”さえすれば、顔を覚えていなかろうが何だろうが面目は立つだろう。
「それと、こちらをお預かりしています」
次にマーカーから差し出された黒い小箱を受け取り、ハーレムは軽く目を見張った。
「あー…そうか2月だし祝賀会も兼ねやがるつもりか。着けて来いって?」
「こちらは特に強制はされておりません。ご随意になさって下されば結構です」
「ご随意に、ねェ」
言いながら、箱を開けようとした時。
「なンすかそれ?」
途端に後ろから現れたヒヨコ頭。己としたことが、気配に全く気が付かなかった。
「報告書は書き終えたのか、ボーヤ」
「終わったからココに居ンの!」
「フン。以前のように不備があったら承知せんぞ」
「前の不備って、スペルミスたった一個だったじゃねーか!細か過ぎンだよッ!!」
「いーから耳元でギャーギャー喚くなクソガキ!うるせェんだよ!」
「あ痛ァ!!ちょ、千切れる千切れるゥッ!!」
リキッドの耳を掴んで捻り上げると途端にあがった悲鳴が更にうるさくて、ハーレムはうんざりしたように手を離した。
「では、私はこれで。お時間になりましたらお迎えにあがりますので」
「おう、頼むわ。――って、何ぶすくれてんだよリキッド」
去っていくマーカーの背を見送ってリキッドへと視線を戻すと、何故か不満げな表情を浮かべて突っ立っている。
いや、どちらかと言えば寂しそう、か。
「だって、マーカーは隊長と一緒に行けるんだろ?」
――ああ、なるほど。
「オマエ、このリストに載ってる顔と名前と国籍と、役職、所属、階級、家族構成、全部覚えられるか?」
「…むり」
「そーいうこった、適材適所ってヤツだ」
「でも祝賀会って言ってた。それって隊長の誕生日のだろ?…俺も、」
「だったら尚更連れて行きたくねーよ。私腹肥やした傲慢ジジィか、権力に媚びへつらう奴か、それに集る女しかいねェようなトコだ。俺だって行きたくねーし。イイ子で留守番しててくれた方が帰る楽しみがあっていい」
「え」
しまった。
「それってつまり俺が、楽しみってこと?」
「そりゃあベッドの中のリッちゃんはエロ可愛いし?」
「だーかーら!エロいとかゆーな!!!!」
「コラ落としちまうだろ!大人しくしてろ」
つい口を滑らせた本音を早急に誤魔化したは良いものの、憤慨して飛び掛ってきたリキッドをあしらおうとして手にしていた小箱を落としそうになり、少しばかり焦る。
「そういや改めて、何なンすかそれ」
「…別に大したモンじゃねェんだがな」
興味津々といった表情に毒気を抜かれ、リキッドを纏わりつかせたまま箱を開ける。
「カフスボタン?これ、アメジストっすか?隊長が付けんの?えー、珍しー!」
「悪かったな珍しくて。…兄貴からの貰いもんだ」
「マジック様から?」
特戦部隊を、ハーレムだけの部隊を立ち上げた際に隊長服と一緒に贈られたものだった。
いつ落ちるか分からない(まあ落とさせはしないが)飛空艦に置いておくのも、と思い普段はマジックに預けてある。
「贈った意味が無いじゃないか」と苦笑しつつ大事に保管してくれているあたりが、家族思いのマジックらしい。
「どーせならもっと高級品か酒を寄越せっつーのにな」
「2月の誕生石がアメジストなんだから、想いこもっててイイじゃん」
「そういやオメーは5月生まれだからエメラルドだっけか。親父さんに何か贈って貰えよ、俺様が有意義に使ってやっからよ」
「何でそうなるんすか!そんな欲しけりゃ自分の親にでも――…、ぁ、」
ハーレムの父親はとうに亡い。
母親と呼べる人物は元より存在しない、ということになっている。
とんでもない失言をしたと思ったのだろう、リキッドの顔からざあっと音が立ちそうな勢いで血の気が引いていった。
「ごめん、なさ…い…」
「――それっくらい気にすんな。俺は気にしてねェ」
蒼白な顔になっているリキッドをソファへと掛けさせ、宥めるように頭を撫でてやる。
「でも、本当に、ごめんなさい…っ」
「分かったから泣くな」
ついにはポロポロと涙を溢し始めたリキッドの姿に内心慌てつつも、手にしていた箱をテーブルに一旦置き、両手でその震える体を抱き寄せる。
きっと両親の愛情を一身に受けて育ったのだろう。しゃくりあげながら泣くリキッドと、父親を失って泣き喚いた頃の己が重なって見えて、まるで代わりに泣いてくれているような錯覚を覚える。
「もう、泣かなくていいから」
精一杯誠実に聞こえるような声音を絞り出し、頬に唇を寄せた。
親愛、厚意――頬にキスする意味をリキッドが知っているかどうかはさておき、そういった想いを籠めて。
そして同時に思うところがあった。
この頬に残る傷痕は両親が関係しているのではないか、と。
傷が両親によって、という意味ではない。
このリキッドの態度からしてもそれは絶対に無い事は確信できる。
ただ、どういった形にせよ関わっている可能性は考えていた。
いずれにしろまだ答えは伺えていないが。
「リキッド」
「は、い」
「そろそろ時間だ。コレ、付けてくんね?」
「――…ッはい!」
カフスボタンの納められた小箱を取り上げ、リキッドの前に差し出すと、鼻をすすりながらも「きれい」と呟き漸く笑顔を見せた。
「…あ。カフスボタンってそもそも使用人に付けてもらうもんだったっけか」
「あんま扱い変わンないじゃないすか」
「そうかァ?」
「そうっす!」
愛情こめて付けてくれだなんて
口が裂けても言えないけれども
【照れ隠しのアメジスト】