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□戦場で
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もし、
2人が戦場でクリスマスを迎えたら
Naivety
クリスマスに戦争なんてバチがあたる!とゴネていた子供を、これは戦争を止めるための戦争だからきっと神サマもお許しくださるさと、宥めすかして送り出した。
戦争に良いも悪いも無い事は、お互いよく知っていたのに。
「リキッド」
ハーレムはいつも通りに平静に、彼の正面に立ってその名を呼んだ。
「怪我は…無ェな。全部返り血か」
赤黒く汚れた頬に指を滑らせ傷の無いことを確かめると、握り締められたままだったリキッドの右手を掬い上げるように取り、そっと撫でた。
「任務は完了した、全部終わった。だから力を抜け。大丈夫だ」
表情はボンヤリとしているのに、震えるほど力一杯握り締められている拳の、その指を一本一本ほどいていく。
大丈夫、大丈夫と繰り返しながら。
――任務を終えた後、極稀にではあるがリキッドはこうなる。
稼動容量を越えたコンピュータのように文字通りのフリーズを起こし、迎えに行かなければ一歩も動けない。
そんな時のリキッドは、決まって頭から返り血を浴びて酷い有り様になっていた。
「髪までベタベタだ、早く帰って綺麗にしねェとな」
漸く開かせた右手にも怪我が無いことを確認し、未だピクリともしないリキッドを抱え上げると、ハーレムはゆっくり歩き出した。
全く世間はクリスマスだってのに、この子供は運を天に見放されたかの如くツいてない。
今日くらい、平穏無事に終わらせてやりたかったってのに。
「ころした、の」
暫くして、腕の中でか細い声がした。
「こども、アイツら、だから」
拙いリキッドの言葉を翻訳すると、こうだ。
「無関係な(と思われる)子供を無慈悲に殺した敵に激昂して、そいつらを電磁波で以て必要以上に惨たらしく殺してしまいました」
リキッドの力はある意味では秘石眼の力よりも凶悪だ。単純に触れるものを容易く死に至らしめる。
出力を上げればリキッドの周囲に足を踏み入れただけで、電子レンジに突っ込んだ生卵と同じ末路を辿ることになり(この場合"チン"では無く、"ボン"である)、戦場で鳴らしたハーレムですらその凄惨な死体はちょっとご遠慮願いたくなる程だ。
うんうんと頷きながら額にキスしてやると、それがスイッチになったようでリキッドはやっと涙を溢した。
ひとつ、ふたつ、雫が落ちる度に、生まれたての赤ん坊が呼吸を覚えるかの如く泣き声を大きくしていく様は、まるでリキッドの奥深いところに在る大切な何かが壊れてしまわない為の、儀式のようで。
「そら、もう少しで着くぞ」
「ふ、ぐ…っ、ぅえ…え…ッ」
「おー寒ィ。風呂でキレーにするついでに、しっかり暖まらねェとなァ…、お?」
ひらひら、舞い落ちてきたのは白い雪。
道理で寒い筈だと思わず空を振り仰ぐ。
天を覆う雲は灰色なのに、そこから落ちてくる雪というのはどうしてこうも真っ白なのだろう。
何となく、リキッドに付いた血の汚れを白く塗り潰してくれればいいと思った。
そんな他愛もない事を考えながら歩いていると、不意にリキッドが「下ろしてくれ」と言うように身動ぎをしたので、その場に立ち止まる。
もう声を上げて泣いてはいない。
しかしフラフラと地面に足を着けたリキッドの背中は、しゃくり上げるような呼吸の所為で時折小さく跳ねていた。
「このまま、自分で歩けるな?」
そう問うてやると、汚れてしまったヒヨコ頭が微かに縦に振られる。
いつものように後ろから少し離れて歩いていこうかとも思ったが、クリスマスくらい隣に立って歩くことにして、煙草は、まあ良いだろうと取り出して火を着けた。
「リキッド、こっち向きな」
「?…んっ」
ふと思い付いてこちらを向かせると、素早くその頭を軽く抱え込んで唇を重ねた。
鼻についたであろう死臭を塗り潰すかのように息を送り込んでやれば、途端に煙にむせたリキッドの背中を笑いながらさすってやる。
「お子サマにゃ、ちと早かったか」
「う…っせ…!」
常ほどやかましく吠える元気は無いが、こういう生意気な反応を見せるようならもう大丈夫だろう。
まだ何かブツブツ言っているリキッドの手を取って繋ぐと、そのまま引っ張るようにして歩き出した。
「ちょ…、隊長…っ?!」
「いい加減さみィんだよ。とっとと戻って、風呂入って、そんでもって飯だ、飯」
クリスマスケーキは無いけどなと付け足すとリキッドは一瞬キョトンとした後で、困ったように少しだけ笑った。
やがて白い絨毯のように薄く降り積もった雪の上を、自分を追い越すようにして歩き始めたリキッドの様子にこっそりと安堵の息を漏らす。
飛空艦に帰ったら少し甘やかしてやろうか。
繋いだ手から伝わってくる暖かさに笑みを溢しながらハーレムは、柄にもなく、そんなことを考えて。
「なァ」
「はい?」
「やっぱケーキ、調達しに行こうぜ」
リキッドが遠慮がちに「選んでもいい?」と聞いてくるものだから、「当たり前だ」と言いながら、髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でてやった。
そんなクリスマスケーキひとつで表情を変えるほど、純真過ぎるリキッドの手を血で汚させたのは他ならぬ己なのだと。
今更ながら気付いたのを誤魔化すように、優しく優しく、撫でてやった。
もうどうしようもないことは
とっくに知ってるよ