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□本部で
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もし、
2人が本部でクリスマスを迎えたら
Naivety
「クリスマスなのに本部で待機してろだなんて、ツいて無いなァ」
本部に設えられたハーレムの自室、そのソファの上にちょこんと座ったリキッドは、腕に抱いたお気に入りのマイヒーローの縫いぐるみにそう話し掛けた。
「そのワリにはあんま残念そうじゃ無ェな」
「えっ?!ま、まあ…その、」
待機とは言え本部で――それもハーレムの自室で――クリスマス・イブをゆっくり2人で過ごす時間が出来たことが嬉しい、なんて。
口に出そうものなら、からかわれるか押し倒されるかの完璧な2択(もしくは両方)なので言えやしない。
リキッドは、多分真っ赤になってしまっているであろう顔を縫いぐるみに押し付けるようにして隠してしまったが、直ぐにそれはあばかれた。
「あ…っ」
「縫いぐるみなんかとイチャついてンじゃねェよ、赤ん坊かテメーは」
ヒーローを取り上げられ、慌てて伸ばした手はそれに届かない代わりに別のものに触れた。ハーレムの髪だ。
「し、仕事は終わったンすか?」
指先を滑るサラリとした感触に心拍数が跳ね上がりそうになるのを抑えながら、先程まで彼がかじりついていたデスクの方を見る。
すると乱雑に積み上がっていた筈の始末書の山は、びっくりするほど綺麗に整えられて、デスクの隅に追いやられていた。
「見ての通り、終わったぜ?」
「な、なら、食事に」
「待機中は本部を出られねェからココに届けさせるって、お前も横で聞いてたろ。その時間まで…そうだな、あと一時間ってトコか」
一時間あれば十分。目の前のハーレムの笑顔は、つまりそういう意味だ。
「えと、あの…っ」
「何だよ、嫌なのか?」
嫌、ではないんだけれど。
物事には順序が、と言ってもこの獅子舞様は聞く耳を持たないだろう。
しかし徐々に近付いてくるハーレムの顔を真正面から直視してしまい、貞操の(そんなものとっくの昔に無いが)危機だというのに不覚にも心臓がトクンと跳ねる。
まずこの整い過ぎている顔がいけない。
耳に注ぎ込まれる低音の声も危険だ。
何も、言えなくなってしまうから。
「っ…、…?…へ…?」
ぎゅうっと目を瞑ってケダモノ、もとい獅子舞様の襲撃に備える。
そしたら、ちゅ、と小さな水音がした。
唇ではなく、額から。
「たい、ちょ?」
拍子抜けするほど、軽いキスだった。
「続きは飯の後だ。…覚悟しとけよ、っと」
「わ…っ」
勢い良く隣に腰を下ろしたハーレムの方へと、自然、体が傾く。
それを待ち構えていたかのような彼の腕にすっぽりと包まれ、リキッドはいよいよ目を白黒させた。
「まあ、たまにはこーすンのもいいだろ」
「…めずらしー」
「あ?」
「ななな何でもないっす!」
「ったくオメーはホント、トリ頭だな。ちったぁ考えてから言え、考えてから」
「むー…」
頭をわしわしと撫でられ、悪い気はしないが何となく悔しい。
「ま…、素直過ぎるっつーのもあるケドよ。それが許されんのも後何年か、って言いてェところだが…」
「ん…っ、ちょ、くすぐったいっす…!」
「オメーは、そのまんまのがいいな」
「え…?」
そう言って頭を撫でながら肩口に顔を寄せてきたハーレムの、長い髪が首筋を掠める。
くすぐったいのもあるが、こんなに優しくされるのが何だか恥ずかしくて、どうしたら良いのか分からなかった。
「あの、隊長…」
「んー…もうちょい、このまま…」
甘やかされているのか、甘えられているのか、これはどっちなんだろうか。
とりあえず迷いながらもハーレムの背中に腕を回してみたら、意外にも高めの体温と、とくとくとゆっくり脈打つ心臓の音が伝わってくる。
「…眠いんですか?」
「……リッちゃん、あったけーなァ…」
「答えになってないっすよ」
よくよく考えればデスクワーク嫌いなハーレムが、あの始末書の山を短時間で片付けてしまったのだ。相当集中していたんだろう、疲れるのも無理はなかった。
「食事の時間になったら起こしてあげるから、少し寝てください隊長」
「あー…、そ、する…。でもって、起きたらオマエ、食う…」
「はいはい」
夢の世界に片足を突っ込んでいてもとんでもないことを宣うハーレムに苦笑しながら、リキッドは思う。
ハーレムこそ、そのままでいて欲しいと。
「ねぇ、隊長」
「…ン…」
「寝ちゃった…?」
辛うじて返事のような呻き声は聞こえたが、それ以上は何も応えない。
寄り掛かってくる重みが少し増したのでどうやら本格的に眠ってしまったようだ。
少し体をずらして顔を覗き込むと、その寝顔は歳に似合わず余りにもあどけなくて、思わず笑みがこぼれる。
「…メリークリスマス、ハーレム隊長」
起きたら、あったかいごはん、食べようね。
このあたたかさがいつまでも
変わりませんように