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□Binary star
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もし、
リキッドが正気をなくしたら


Binary star


前触れなど何も無かった。

あの日の前夜まで、リキッドはいつもの様によく泣き、怒り、笑っていた。
そして翌朝、ハーレムの隣で目を覚ましたリキッドは既に正気を失っていたのである。まるで全て夢の中に置き忘れてしまったかの様に――…


「リキッド」


高松の管理下にある研究棟の一室で、リキッドは殆どの時を過ごす。
この棟内に限定されるものの基本的にリキッドは自由に行動出来るが、一人で部屋を出ようとしないのは「隊長が居ない間は部屋でイイ子にしている」という、単純かつ唯一の約束の為だった。


「イイ子にしてたか?」


遠征帰りのハーレムにそう声を掛けられるや否や、嬉しそうに駆け寄ってきたリキッドの手には真新しい包帯が巻かれており、血が滲んでいた。


「また怪我したんだってな。よく注意しろって言ったろ?」

「うん」


解っているのかいないのか、屈託の無い笑顔で返事をするリキッドの頭を撫でてから、包帯を換えてやる。

決して自傷癖がある訳では無い。
秩序立った思考能力といったものが低下している所為で注意力も散漫になっており、よく転んだりぶつけたりしては幾つも傷を増やしている。

本来親元に帰すべきなのだろうが、リキッド自身がそれを頑なに拒んだ。
と言うよりハーレムと離れると、正気を無くすどころか食事や睡眠といった生きる為の本能すら忘れたようになる為、留め置くしか無かったのだ。

初めはそれこそ四六時中そばに居た。
高松が平行して治療を試みた結果、数週間ではあるがハーレムが留守にしていても最低限の日常生活は送れるようにはなった。

――だが、それだけだ。

切っ掛けらしい原因が肉体にも精神にも見当たらない以上、完治には至らない。
リキッドにとっての非日常へとハーレムが引きずり込んだ事で、心に生じたヒビが本人も気付かぬ内に大きくなり、あの日、砕けた――…そう結論付けるしか無かった。


「そうだ、今日は星が綺麗に見えるぞ」

「星?」

「ああ。屋上行くか?」

「うん」


それはそれは嬉しそうなリキッドと手を繋ぎ、のんびり屋上まで上がるとそのまま二人、肩を並べて仰向けに寝転がった。

満天の星空。
天の川も綺麗に見える。


「どうだ?」

「うん。きれい、隊長の髪みたい」


そう言って笑うリキッドと繋いだ手は、変わらず暖かくてハーレムは無性に泣きたくなった。

リキッドはもう以前のように泣かず、怒りもしない。ただ笑顔だけが遺された。


この笑顔を守る――それだけが今のハーレムの、全て。



寄り添う姿はまるで
双子星のよう


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