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□Aphonia
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もし、
ハーレムが声を失ったら
Aphonia
ハーレムの声が、出なくなった。
任務の際に近くで起こった爆発で弾き飛ばされた瓦礫の、小さな小さな破片が運悪く彼の喉を裂いたのだ。
致命傷にならなかったのは不幸中の幸い。
暫く経って傷は塞がりつつあるものの元のように声が出せるかどうかは運を天に任せるしかないと、あの天才を自負してやまない高松でさえ祈っているようだった。
「明日、ですね。ドクターが声が出るか試してみても良いって言ってたの」
本部に設えられたハーレムの自室、そのソファの上に寝そべっていたリキッドは執務用のデスクに向かっているハーレムにそう声を掛けた。
何せこの男、喉に怪我をしている自覚が有るのか無いのか目を離すと直ぐに煙草を吸おうとするし、酒も飲もうとする。
今だって競馬新聞と睨めっこだ。
治りが遅れるから見張っていろと、一部の人間には周知である恋人のリキッドに白羽の矢が立つのは当然だった。
「ねェってば、聞いてます?」
大きめに声を出しながら起き上がると、ハーレムは漸く顔をリキッドの方へ向けた。
――"うるせェ"
唇が声にならぬ言葉を紡ぐ。
それと重なるように、リキッドの中に記憶されているハーレムの声がまるでテープレコーダのように再生されて、思わず頬が緩んだ。
「…?なンすか?」
来い来いと手招きされ、デスクを回り込んでハーレムの直ぐ前に立ってみれば"手を出せ"というジェスチャ。
それに従い左手の手のひらを上に向けて差し出すと、ハーレムがそこに右の人指し指をトンと置いた。
これが会話の代わり。
リキッドも単語くらいなら唇を読めるが、会話となるとその訓練を積んでいない為に必然的にこうするしか無くて。
『なきそうなかお、してる』
「え…、そ、そっすか?」
意外な言葉をハーレムの指が綴る。
そんな顔してただろうかと、リキッドは不思議そうに空いた右手を自分の頬にやった。
『こえはでる。しんぱいすんな』
「…そりゃ心配もしますよ。目ェ盗んで煙草吸おうとするわ酒飲もうとするわ。出るモンも出なくなっちゃいますって」
『よんでほしいんだろ?なまえ』
「う…、まあ…ハイ。でもそれはだから明日にならないと、って、うわっ?!」
差し出していた手を掴まれ、グイと引っ張られたリキッドはつんのめるようにしてハーレムへと倒れ込んだ。
二人分の体重を受けて革張りの椅子が悲鳴のような軋みを上げる。それにかき消されるようにして微かに聞こえたのは――…
「愛してるぜ、リキッド」
今この男は何か、重大なことを言いはしなかったかと慌てて顔を上げたリキッドの目に飛び込んできたのは、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべたハーレムの顔。
「え、た、隊長!もっかい言ってよ!」
――"ヤだね"
嗚呼、全くこの男は本当に。
目を離すと何をしでかすやら…――。
(つーか酒臭ッ!隠してやがったな!?)