桜花舞闘

□黎明録〜第三幕・居候〜
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土方さんの後を追い、邸を出る。


「寂しくねえか。」


『置いてかれてたら、寂しかったけど。
京には皆がいるから、全然平気だよ。』


「そうか。」


土方さんの表情に、安堵がこもる。

すると、八木邸の前に人影が見えた。


「ん?おまえは確か――。」


土方さんも気づいて、龍之介に声をかける。


「……こんな所で何をしてるんだ?
芹沢さんに、礼は言い終わったのか。」


「それが……。」


龍之介は、芹沢さんの下で働くことになったらしい。


「これから、芹沢さんの下で働くことになったって……本当なのか?そいつは。」


「……嘘だったら、もっとまともな作り話をするさ。」


「まあ、そりゃそうだろうが……。」


私だけでなく、土方さんも驚いている。


『そりゃ、御愁傷様だね。
私なら、二日と経たずに寝首掻いて殺してそう。』


「お前まで、総司みたいなこと言わないでくれ。」


土方さんも、人のこと言えないと思うが、その辺りは触れずにいよう。


「……おまえは、それでいいのか?
この時世、わざわざ京まで来たってことは何か、してえことがあったんじゃねえのか。」


土方さんの目には、僅かな心配が隠れている。
やっぱり土方さんは、こういう人間を放っておけないらしい。

私もそれに救われたうちの一人なのだ。


「そんなこと言われたって……どうしようもないじゃないか。
今更、自分で言ったことを取り消すわけにもいかないしな。」


「だが……いいのか?」


「何だかんだ言って、命を助けられたのは事実なんだし……。
恩を着せられっ放しってのも気に入らないしな。
恩返しをしてからここを出て行っても、遅くはないさ。

……どうせ、行く宛があるわけじゃないんだから。」


『え?』


私と同じく、土方さんも疑問に思ったらしい。
龍之介に尋ねる。


「行く宛があるわけじゃねえって……。
あんな所にぶっ倒れてたってことは、京に向かう途中だったんじゃねぇのか。」



「……先のことなんて、何も考えちゃいなかった。
まあ、京に行けば何かがあるかも知れない……くらいは考えてたが。」


「……なるほどな。
まあ、この時世、わざわざ京に来るなんてのは……向こう見ずの馬鹿だけか。」


『龍之介も、大変だったんだね。』


龍之介は驚いた表情をする。


「そりゃ、大変だったけどよ。
さっきの話に、大変って分かる所なんてあったか?」


『先のことなんて、考えてなかったってことは。
他のことも考えられないくらい、生きることに必死だったんでしょ?
なりふり構ってらんない……って感じ。』


何だか、私は彼のことを憎めない気がする。

すると、八木邸の中から声が聞こえる。


「お〜い、トシ!
ちょっと相談したいことがあるんだが、構わんか?」


「ああ、構わねえぜ。
一体何だ?」


「ここでは、ちょっと……。
俺の部屋まで、一緒に来てくれんか。」


「おう、わかった。」


土方さんは、私に振り向いて言う。


「お前は、どうする?」


『せっかくだし、龍之介といるよ。
仕事、多いようだったら、呼んでくれたら手伝うし。』


「すまねえな、本当に。」


今度は、龍之介の方を向く。


「……芹沢さんの命令があるから、すぐに出て行くってことはできねえだろうが……。
あんまり、ここに長居しねえ方がいいぜ。
長生きしてえんならな。」


土方さんの言葉は、氷のように冷たかったが、中はとても優しさの詰まったものだった。
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