桜花舞闘

□ープロローグー
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風がなびく。
水面が揺れる。
辺り一面を、薄紅の桜が舞う。

私は一人、それを見ていた。


〜プロローグ〜


家は多摩の外れ、一軒の農家。
しかし、それは表の顔で、裏では忍として生きる家だ。

だが、私は忍になりたいとは思わなかった。


《私は武士になりたい。》


だが、武士は男しかなれない。
しかも、自分の将来はくの一になるしかない。


それでも、忍のような隠密の仕事より、武士のような潔く、気高く生きたいと思ったのだ。


祖母と大喧嘩し、家を飛び出してたどり着いたのが、この河原だった。





『どうして、女は武士になれないのよ。
どうして、私は武士になれないのよ。』


視界が霞んだので、慌てて袖で拭った。


『女なんかに、生まれなきゃよかった……。』


その時、背後から人の気配が近づいてくる。

振り向くと、長い髪を後頭部で一つに結わえた男がいた。
その顔は、女の私より整っていて、素直に綺麗だと思った。


「何、泣いてやがる。」


『泣いてなんかないわよ!』


「どう見ても、泣いてんだろうが。」


呆れた表情で。
でも、その中には私を心配してくれているのが感じられる。


「悩みでもあんのか?
話くらいなら聞いてやる。」


男は私の隣に腰を下ろすと、私が口を開くのを待つ。


『私は……武士になりたいの。』


ぽつりぽつりと呟く私の言葉を、男は黙って聞いていた。
時折、小さく頷くから、寝ていないことだけは分かった。

いつもなら、こんな話はしないはずなのに。
気づいたら、出会ったばかりのこの男に、全て吐き出していた。

それは、家出をした心細さ故か。
はたまた、この男の何とも言えない雰囲気故か。
その時の私には、良く分からなかった。


『どうしてなの?
どうして、家の生まれだけで、自分の夢を諦めなきゃいけないの!?
なんで、女じゃ武士になれないの!?』


いつの間にか、私は見も知らない男に、怒鳴りかかっていた。


『私は、そんな運命みたいなものに縛られて。
それを受け入れて、約束された人生を歩むことなんか、したくない。

私の人生は、私のものなのに…。』


「その気持ち、分かるぜ。」


小さく呟いたのを聞いて、私は男を見た。


「俺も、農家の末に生まれてな。
商家に奉公に行ったりもしたんだが、些細な事で飛び出して来ちまった。
色んな道場回って、他流試合をして、家の薬売ったりして……。

そうして、ずっと逃げてたんだ。
俺は武士になれねえってな。」


『あなたも……。』


「でもよ。
ある日、俺と同じ百姓出で、武士になっちまった人と出会ったんだ。」


『百姓から武士に…。』


「俺は、俺の叶えたかった夢を叶えちまったその人を、てっぺんまで押し上げてえと思ってる。
それこそ、真田幸村や武田信玄みてえに、後世まで名が継がれるくらいな。」


私が困惑してると、男は私の頭を撫でる。
その指が見た目より太いことから、どれだけ男が努力しているかが分かる。


「すまねえな。
変な身内話しちまって。」


『そんなことない。
凄く会ってみたくなった。』


「そりゃ良かった。」


男は立ち上がり、手を差し伸べてくる。


「行くとこ、ねえんだろ?
飯はねえが、女一人くらい余裕はあるはずだ。」


『いいの?』


「別に構わねえさ。
それに、女見捨てて帰ったら、近藤さんに何て言われるか……。」


私は男の手を握った。


「俺は土方歳三だ。」


『桜宮雅。』


その日から、私の夢が増えた。

女として武士になって、女でも刀が振るえることを、示してみせる。

近藤さんを押し上げて、どの武将にも負けないくらい、名を轟かせてみせる。

そして、自分を初めて認めてくれたこの人に。
最期の一瞬までも、ついて行くと……。
 

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