短編

□―――終わった。
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人生初の失恋を果たした明理珠は、とぼとぼ廊下を歩く。


『はぁ〜。』


「明理珠、どうしたの?」


視線を上げると、目の前には沖田がいた。


『総司……。』


明理珠は総司の顔を見て、ふと思い出す。


『(そういえば、斎藤さんと初めて会った時。
斎藤さんと総司が試合してたんだっけ…。)』


実際は、【試合】なんて生ぬるい物じゃなかったのだが……。


『(あの時、楽しそうに打ち込む斎藤さんを見て、一目惚れしたんだっけ。)』


「明理珠?ちょっと、生きてる?」


『えっ?』


気づけば、沖田が顔を覗きこんでいた。


『なっ…!?
(顔、近い!!)』


「あれ、明理珠。
顔、真っ赤だけど……大丈夫?
元気、なさそうだし。」


『だっ、大丈夫!』


「……………。」


沖田は訝しげな表情で、見つめてくる。


『………じゃないかも。』


「幼なじみの僕を騙そうなんて、百年早いよ。
で、どうしたの?」


『実は…。』


明理珠は事の経緯を話す。
すると、沖田の表情は険しくなっていった。


「一君が、千鶴ちゃんをね……。」


『…はっ…ははっ。
やっぱ、千鶴みたいな可愛くて優しくて、甲斐性のある子のほうがいいよね。
負けて、当然だよ。』


「むかつくな……。」


『総司?』


すると、いきなり明理珠の腕が引かれ、沖田に抱き寄せられる。


「明理珠、好きだ。」


『えっ…?』


「ずっと好きだった。

僕なら一君と違って、嫌な思いは絶対にさせないけど?」


『……や……。』


「明理珠…?」


『……嫌っ!』


明理珠は沖田を突飛ばし、部屋を飛び出して行った。


「……本当にむかつくな。
明理珠に思われてる所も、あんな表情させる所も、何もかも。
そんな、あいつに負けてる自分もむかつく。」


沖田の呟きは、茜色の空に消えていった。






気がつけば、空からは雨が振りだしていた。


『さっきまで、あんなに晴れてたのに……って、ここどこ!?』


明理珠は周りを見回す。


『いつの間にか、真っ暗だし…。
今、何時?
お腹空いた〜。』


明理珠は涙目になりながら、地面にしゃがみこむ。


『斎藤さんも、総司も…。
なんか色々ありすぎて、意味わかんない。

斎藤さんは千鶴が好きで、総司は私が好き……って、どうなってんの!?』


すると、自分の足元に影がさす。


『さいとっ……。』


「てめえ、新選組の奴だよなぁ。」


そこには酔った男が二三人。


「てめえらのせいで、こちとら商売あがったりなんだよ。」


「壬生狼共がぁ。」


酔って絡んできているのは確かだが、こちらも事実なので仕方ない。
それだけ、新選組の評判が悪いのだ。


「京の平穏を…とか言いやがって、平穏乱してんのは、壬生狼共だろ?
意味わかんねぇ。」


『わかんないのは、こっちよ。
何してんのか、わかんないわよっ!』


いきなり叫んだ明理珠に、男達も慌てる。


「なっ、何だよ。」


『もうっ、意味わかんないっ!!
どんなに頑張ったって、印象は良くならないし。
変な仕事任されて、まったく行動に移せないし。

その割に、千鶴には仕事させないし。
居候なんだから、何でもやらしゃいいのよ〜。
しかも、総司には変なこと言われてっ!!』


「ちょっ…落ち着いて……。」


『もうっ、意味わかんないっ!!
どうしたらいいの!!
もう、やだぁ。』


「おい、兄ちゃん。
気持ちは分かったから、落ち着けって。

……何か、良く分からねえけどよ。
お前らも、苦労してんだな。」


「俺らも、好き勝手言っちまって、悪かったな。」


男達も申し訳なさそうに、謝る。


『私も…なんか、言いたい放題で……。』


明理珠が俯いて、そう言った直後。


「すまない。
そこの奴を返してもらおう。」


その場にいた全員が振り向く。
そこにいたのは。
右に刀で左に傘を持った、黒い着物に襟巻きという異様な格好の男。
紛れもない、斎藤一だった。


『斎藤さんっ!』


「そいつは新選組の者だ。
従わないのなら、あんた達を…。」


『「「「違う、違うっ!」」」』


明理珠と男達が、声を合わせて叫ぶものだから、斎藤も目を丸くする。


「……明理珠が絡まれていたのでは……。」


『最初は絡まれてたんだけど……。
途中からは、話を聞いてもらってただけで……。』


「そうなのか?」


男達は、うんうんと頷く。


「それは、すまない。
いらぬ勘違いのせいで、迷惑をかけた。」


「いいってことよ。
その兄ちゃんをよろしくな。」


「また何かあったら、いつでも来な。
話、聞いてやるからよ。」


『あっ、ありがとうございます。』


男達は去って行った。


「大丈夫か?」


『………!
……斎藤さん、びしょびしょですよ。』


「それは、こっちの台詞だ。」


『じゃあ、傘は?』


すると、斎藤は顔を赤くする。


「総司に言われてな。
あんたが、傘も持たずに屯所を飛び出して行ったと。」


『総司が?』


斎藤は明理珠に傘を渡す。


『濡れちゃいますよ?』


「もう、濡れている。」


『それは、私もですって。』


「じゃあ………。」


斎藤は明理珠の手を引っ張り、傘の中に入る。


「こうすれば、問題ないだろう。」


真っ赤になった斎藤の横顔を見て、明理珠は吹き出した。

この一件が、私達の遠かった関係の終わりになるとは、思ってもみなかった。


―――終わった。


(総司、すまなかった。)
(まったくだよ、本当。)
(では、明理珠が待っているのでな。)
(早く行きなよ、待たせてるんでしょ?
…………次は無いからね。)

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