空色スパイラル3

□第百二十五訓 かもしれない運転でいけ
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食事の前に並んだ、男と女。
夫婦というより、親子のようだ。


「すっかり、さびしい食卓になってしまいましたね。

…夏子さんの花嫁姿、お母様にも見せてさしあげたかった。
とってもキレイだった。」

「てやんでェ、バーロー。
おめ、娘なんてロクなもんじゃねー。
どんなに、かわいがって育てても、結局みんな余所にいっちまいやがる。
薄情なもんでィ。」


「アラ。
娘なら、まだここにいるじゃないですか。
お父様。」


男は申し訳なさそうに、表情を歪める。


「……松子さんよ。
アンタ、今からでもいい。
誰かいい人、探したらどうかね。

息子の嫁とはいえ、今やその息子も死んで、いねェ。血のつながりのないアンタが、こんな老いぼれの世話する義理もねーだろう。

アンタは気だても器量もいいから、幾らでも相手がいるよ。
俺に気ィ遣うこたァねェ。
一人でも、やっていけるさ。」


「……こんなオバさん。
もう、もらい手なんていませんよ。
お父様、そんなに私を追い出したいんですか?」


「いや…そーじゃなくて。」


「フフ…縁談があれば、スグに、こんな家出ていってやるわ。」


――そんな憎まれ口を叩くくせに。
女は、いつになっても出ていかなかった。
いつも、口うるさく俺の世話を焼いた。――


そんな、ある晩のこと……。
男が家に帰ってきた時、中から声が聞こえてきた。


「もう、いいじゃないか。」


男が気になり、覗き込む。
そこには、女が知らない男と話していた。


「まだ、死んだ旦那に未練があるというのか。
もう七年だぞ。
君は君で、自分の人生を歩むべきじゃないのか。

もういい加減、僕と一緒に新しい一歩を踏み出してもいいんじゃないのか。」


「…私は、いつだって自分の人生を歩んでいます。
未練だとか、そんなくだらない理由で、この家にいるんじゃありません。」


「じゃあ、何故だ。
他に男でもいるというのか?」


「私には、お父さんがいますから。
血はつながってないけど、お父さんなんです。
私の…。」


男の目には、涙が浮かんでいた。

――という、モグラ達があのS字の土の下に――


――――――――――――


「いるかもしれな…。」


「いるかァァァァァァァァ!!
しかも無駄に、長ェェんだよ!!
もう、【かもしれない運転】でも、なんでもねーよ!!
ただの妄想じゃねーか。」


『うっ……。
ちょっと感動しちゃった事が、悔しいっす。』


車は、踏切の前で止まる。

「坂田サン、よく止めたねェ。
踏み切り前は、一時停止。」


「なんで、泣いてんの?」


「はい、窓をあけてェー。」


「いや、もう窓ないんですけど。」


先生は目頭を押さえながら、三人に言う。


「ここでも【かもしれない運転】だよ。
【電車が来るかもしれない】【踏み切りが下りてくるかもしれない】。
耳で音を直接、確かめてください。

まァ、教習所ですから、電車は通りません。
線路もないけど。
一応、形式としてやってください。」


「いや、ちょっと待て!!」


声を上げたのは、カツーラだった。


「…える、きこえる。
きこえるぞ、電車の来る音が!!」


『いや、それはナイっすよ。』


「きこえねーよ。」


「いや、きこえる!!
踏み切りが下りる音も!!
はっきりと、きこえる!!」


「オイ、ヤベーよ。コイツ。
誰か、医者呼んでくれ!!」


『救急車、救急車。』


カツーラの目に、踏み切りに横になった、モグラのお父さんが映る。


「あ…あれは…。
お父様ァァァァ!!」


「俺さえ、いなければ。
松子は幸せに…。」


カツーラは車を飛び出し、走り出す。
そして、コーンを抱える。


「バカヤロォォォォ!!
なんてマネしてんだ!!死ぬところだったぞ!!
アンタが死んで、どうなる!!
それを松子殿が望むと!?」


「(桂裏声)
俺といても、松子は幸せになれねェ。
松子より確実に早く、俺は死ぬ。
その時、一人年おいて残された松子は、どうすりゃいいんだ。

…俺は、いない方がいいのさ。
俺がいなければ、松子は俺という呪縛から解き放たれ、自由になれる。」


「(桂裏声B)
それは違うわ、お父様。」


「(桂裏声)
お前は、まっ…。」


一人でコントしていたカツーラに、車がアタックする。


「…坂田さん、青野さん。」


『「はい。」』


「かもしれない運転は、もうしない方が、いいかもしれない。」


『「そうかもしれない。」』


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