音 楽

□春浅き日、別離の時
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「先生、沢渡先生…」



うわ言の様に名を呼んで、俺の体に手を這わせる。
まだ幼さの抜けきらないその手付きが、とても愛おしくて。
そのまま身を委ねてしまいたい気持ちが、この3年間で満たされた心を侵略する。

彼の手がボタンに向かう。


・・・駄目だ。


「淀川」

「え、な、なあに?先生」


俺と二人きりで緊張してるんだろう。ガチガチになって答えるそいつに笑みがこぼれる。


「もう卒業したんだから、先生じゃないだろ?」

「あ、そうか・・・ ごめんなさい、えっと・・・沢渡、さん」

「よろしい」


そう言って頭を撫でると、心地良さそうに目蓋を閉じる。
まるで犬みたいだ。
俺にしか懐かない、俺だけの犬。

大切な、俺の・・・


「淀川」


大切だよ。


「は、はい!なんですか?」


お前の事。


「続きはまた後でにしないか」


すごく、すごく。


「へ?な、なんで?」


大切だよ。


「そんなに、急ぐ事じゃないだろ?」


だから、


「まだまだ時間はあるんだから」


・・・だけど、


「な?」

「・・・はあい」


寂しそうに肯くその姿は、捨てられた子犬のようで。
拾いたい気持ちが、無かったわけではない。

ただ、


「じゃあ、な 今日は帰るよ」

「はい・・・また」


手を振って、別れた。



君を振って、別れた。


確かに大切だ。大切な人だ。
けれど彼はまだ若い。まだ彼には時間がある。
そう急いで、俺なんて人間を選ぶ必要もないのだ。

全ては、お前が大切だからだよ。
だから、

・・・だけど、バイバイ。


手遅れになる前に。
可能性と希望の溢れるその未来を、俺が殺してしまう前に。


バイバイ。






さようなら。







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