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□√4(ルート・フォー)
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幼い頃からたくさんの死を見つめてきたこの子は、きっとわかっている。
この傷の深さも流れた血の量も、それがもたらすであろう結果も。

自分は死ぬ。

他人ごとみたいにそう考えて、モーゼスは返り血と涙とでぐしゃぐしゃになったジェイの顔に手を伸ばした。

自分が死んだら。指先で涙をぬぐってやりながら、モーゼスはぼんやりと考える。

自分が死んだら、この子はきっと壊れるのだろう。
すぐにではなく、真綿で首を絞めるように、ゆるゆると時間をかけて。

人並みに泣いて人並みに時間薬を救いにし、人並みに悲しみを乗り越えてそのうちすっかり忘れたかのように振舞って。仲間達や亜人種である家族だけでなく自分自身すら誤魔化し続け、そうして破綻する。

治癒の手段を持たなかった自分を、人殺しの方法しか知らない役立たずだと、ブレスを持つ仲間を誘っていればと責めて責めて責めて。そのうち内側から壊れていくに違いない。

考えすぎとは決して思わない。それがこれから起こるであろう現実でありこの子がもっとも恐れている事だった。そんなこと、誰よりもふかくふかくこの子の中を覗いた自分が一番わかっている。

大切なものを、愛する誰かを喪失する恐怖。
生い立ちからかもともとその不安が極端に強いこの子にとって誰かと心身ともに深い繋がりを持つことはタブーだった。自分はそれをわかっていながら踏み込んだ。愛されることに怯えて泣き震えながら、それでも自分を受け入れすべてを曝け出してくれたこの子を置いて行く選択肢など有り得ない。

この子の瞳が好きだった。
鋭い刃のように研ぎ澄まされていて月夜の湖畔のように冷たく静かで、時折子供みたいに揺らいでは不安や寂しさを伝えてくる、口なんかよりよっぽど素直で饒舌な瞳だ。

宝石をはめこんだようなその瞳を見ながら、モーゼスはうまく出ない声でいたずらっぽく、しかしひどく真剣な顔で言った。

「ワイと逝くか」

泣き濡れた紫紺の瞳を驚いたように見開いたのは一瞬で。
愛しい人は、まるで花が綻ぶみたいに微笑った。

いつもどこか遠慮がちでなかなか素直にならないこの子がこんなにも屈託なく幸せそうに笑うのを見たのは初めてで。そう思ったら自分の中にこの瞬間までしぶとく残っていた罪悪感や迷いが、すとんとどこかへ落ちていった。

うまく力の入らない腕を叱咤して、恋人を抱き寄せる。
何度も愛を交わした唇に軽く口付けると、そのまま細い頸に舌を這わせ控えめな喉仏を探りそのまま頚動脈のふくらみをやわやわと押した。

幸せそうに自分の名を呼ぶ恋人をきつくきつく抱きしめる。
残る力を振り絞り、獣が捕らえた獲物にそうするように、探り当てた命の流れへと噛み付き、強く強く歯を突き立てた。口内の自分の血液と、噴き出した愛しい相手のそれが混じり合う。

際限なく甘く、幸福な味がした。

ごぽり、血に噎せながらジェイの唇がひゅうひゅうと最後の息をつむいでいる。

"ありがとう だいすき"

どうにかとらえたその言葉に安堵してくったりと力の抜けた小さな身体を受け止めると、モーゼスはぎりぎりのところで保っていた意識をそっと手放した。

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