..Y another story..

□規定外もありだろ
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今日は二月十四日。
世間はバレンタインだという。


えらく他人事だなと周りからは言われるが、事実、俺にとっては他人事なんだから仕方ない。

一週間も前から女子達は忙しそうに動き回っていた。
そこかしこで輪を作っては、頭を寄せ合いひそひそと密談を交わす。
その会話からたまに漏れ聞こえてくるのは、どれも決まって同じ人の名前だった。
そして俺は、その名を聞く度に妙に緊張するのだった。




「バレンタインってさ、女が男にあげるっていうルールなのか?」


教室の隅の辺りで楽しそうに談笑する女子を横目に、俺は机に肘をつきながら呟いた。
そんな俺の言葉を聞いた友人の一人である東は、怪訝そうに片方の眉をあげて言った。


「ルールっていうか、それが当たり前だろ。なんだよ今更」

「いや、別に。特に意味はないけどさ」

「女子が男子にチョコを渡すのは、日本特有なんだってよ」


翔が言葉を挟んだ。
制服のポケットから携帯を取りだし、こっそりと受信メールをチェックしながら。


「外国じゃ、男が女にプレゼントを送るらしいぜ」



ふうん、と東が頷いた。


「…じゃあさ」

頭を掌で支えながら、俺はぼんやりと床を見つめながら言った。

「男が男にチョコを渡すのは、あり?」


二人は固まった。
暫くして、翔は膝の間で隠す様にして見ていた携帯を、ゆっくりとポケットに戻した。


「……いや、ありっつーか、なしだろ」


どうしたんだこいつ、という表情を、東は隣に座る翔へ向けた。
翔は気まずそうに曖昧に笑ってみせただけだった。


「そっか、なしか」

「急にどうしたんだよ。まさか、男相手にチョコでも渡すつもりか?」


東が笑いながら言った。
勿論冗談で言ってるのだろうが、隣でそれを聞いていた翔が勢いよく頭を振った。


「いやいや、そんなわけないに決まってるだろ。冗談だよな?淳」


な?と念を押して訊いてきたが、決して冗談なんかじゃなかった俺は、肯定はしないでおいた。


「ほら、ひー君が変なこと言うから淳が黙っただろ」


俺のせいか?と東は言った。
因みにひー君とは、東の名字からとったあだ名である。


「さっきからバレンタインの話ばっかしてるけど、もしかして貰えるか期待してんのか?」


俺は唸りながら首を捻った。
貰えるのかという期待は正直していない。というか、別に貰いたいとも思わない。
あの文化祭の日以前の俺なら、この時期になると妙にそわそわしたものだ。
必要以上に靴箱を開けたり、席を外す度に机の中もチェックした。

まあ、結局その殆どが無駄な行為に終わったけど。


「なんだよ、好きな子でも出来たとか?」

「うん、まあ」


東は露骨に興味を示し、身を乗り出した。
面白い話題を見つけたというように、その表情は楽しそうだった。


「どこの子だよ。うちの学校?」

「まあ」

「へえ、同い歳?」

「いや、一つ上」

「歳上?お前が?意外だなあ」


なにがどう意外なのかよく分からなかったが、とにかく東からすれば予想外だったらしい。
にやにやと笑いながら、更に身体を寄せてきた。


「で、どんな子なんだよ」


脳裏にあの姿が蘇った。
思い出すだけで胸が熱くなった。


俺は東のためにあの人の特徴をいくつかあげていった。
背が高いとか、髪が長いとか、肌が異常に綺麗だとか。



「ふうん、美人そうだな」

「それがもう、とてつもなく」

へえ、と漏らしながら東は何度か頷いた。

「もしかしてそれ、あの黒髪の人か?いやでも長身のイメージはないぞ」

「違うよ、黒髪じゃなくて赤――」

「いや、黒だろ。きれーな黒髪だ」


それまで俺達の会話を黙って聞いていた翔が、そこですかさず口を挟んだ。


「なんだよ、やっぱりそうなのか。バカだなお前。あんな美人に相手してもらえると本気で思ってんのか?」


無理無理、と東は笑って顔の前で手を振った。
相手を知って興味を無くしたのか、背を椅子に預けて大きく伸びを始めた。
俺がどうにかできる相手じゃないと思ったからだろう。
まあ、完全に勘違いしていたが。

誤解を解くのも今更面倒なので、俺はあえて口を開かないでおいた。

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