long

□嵐の守護者
1ページ/1ページ


「なぁ、俺いまのところ辞めるから」

友人の突然の言葉に衝撃を受けた。
友人の顔を見やる。
いつもの澄ました顔にはほんのり悲しみが見て取れた。そして決意が固いことも。
友人は一度決めたら動かない。

「…そうか」

ただ一言、精一杯にそう言えば友人はいつもの能天気な笑みを浮かべた。

「選んだんだ」

キラリと青い石の嵌った指輪が光を反射した。友人は指輪など着ける趣味など無かったはずだ。

「その指輪…」

「……ボンゴレファミリーのものさ」

友人が珍しく声をひそめた。
割と静かな店内でも俺だけに聴こえるような声で。とても衝撃的なことを言い放った。

「んなっ!?うそついてんじゃねえーぞぉ!!」

思わず声量大で叫んでしまった。
そんな俺の姿に友人はたははっと笑う。
いつものことだ。

「声でけーって、獄寺」

「おまえが、変なこと言うからだろうが」




俺の名前は獄寺隼人。友人は山本武。
10年前くらいに二人で裏社会へと飛び込んだ仲だ。特定のファミリーに着くことはなく、用心棒のような生活を今までしてきた。
今や山本は二大剣豪と呼ばれるほどの力を持つ。

そんな山本はどうやらボンゴレファミリーにスカウトされたらしい。それを3日ほど前に聞いた。
そして山本はボンゴレファミリーに忠誠を誓ったと言う。

どんな冗談だ、と頭を抱える。

ボンゴレファミリー…全ファミリーのボス。
傘下のファミリーは沢山あるが、大元のボンゴレファミリーはほとんど裏社会に姿を見せはしない。だがその影響力は凄まじいものだ。

今代のドンボンゴレは姿を見せたがらないことで有名だ。しかしその力は強大で、歴代最強と謳われる。そんな人が山本風情なんかをスカウトしにくるわけがない。

会ったのならどんなやつか聞いてみても…

「なんかなー裏社会人ぽくないんだけど裏社会の人って感じ」

「わかるかあああ!!!」

性別とか、名前とかではなく雰囲気を伝えてくるあたり山本の天然な性格が出ている。


昔、幼い頃に一度ボンゴレファミリーを見たことがある。
それは先代の時代だが、俺はそのファミリーに憧れてこの世界へ飛び込んだのだ。

そんな憧れのファミリーに山本が入ってしまって、なんだかモヤモヤとしてしまった。

やけ酒しに行きつけのバーへと足を運んだ。
その足取りはとても重い。

「ボンゴレファミリーのボスか…」

裏社会の人間とは思えない雰囲気を持っているらしい。ちらりと視界にジェラートを食べている細身の少年が見えた。

無邪気にジェラートを食べる少年がもしかしたらドンボンゴレではないだろうか…

「ねぇな」

そんな自分の考えに自嘲してしまった。
突然ドン、と衝撃を受けた。
痛みはない。誰かがぶつかったのだ。
少しひんやりとする。

「あ、ごめんなさい…」

見れば先ほどのジェラートの少年がぶつかったようだ。そしてそのジェラートは自身のスーツについていた。

「……」

友人にも言われるし自覚もしているが俺は短気だ。気性が激しいとでもいうのだろう。

「てめー…!」

少年相手に低い声を出す。結構大人気ないがとても気分が悪かったのだ。

「ごめんなさいって、スーツ弁償するから…ちょっと失礼」

俺の様子に困った顔をし狼狽える少年はそう言うと即座にどこかに電話をした。

「…あー…うん、完全にオフをね……わかってる…うん」

電話を切ると同時に少年の側に黒い車が来ていた。その光景と少年の様子に怒りが和らいだ。

「ごめんね、ちょっと乗って」

「は?え?ちょっ!」

少年に引っ張られ車に乗らされた。
意外にも少年は力が強く振り解けなかった。

車内には黒い格好をした運転手がイラついていた。拒否の声をあげようとした瞬間怒号と被り、俺の言葉は掻き消えた。

「おい…」

「おい!ダメツナ…何してんだ!」

「ごめんって」

少年は慣れている様にヘラリと笑った。
運転手はふんと諦め、車を発車させた。
勢いに任せて俺は黙って乗っていることにした。




着いた先は大きな洋館だった。
どこかで見たことがあるようなエンブレムを象った門を抜けて、玄関に降ろされた。

「ちょっと客間にスーツ1着、俺のじゃないよ!この人に」

近くの黒いスーツを着こなす男性にそう少年が告げると俺は有無を言わさずに客間へと案内された。


「なんだ…ここ」

そこはとても豪奢な部屋だった。
黒を基調としているが暗すぎず優雅な印象を与える。
ソファの上には黒いスーツを置いてあった。
とりあえず着替えることにした。

あの少年は何者だろうか。
金持ちの御曹司なのだろうか。
こんな豪華な屋敷に住んでいるほどだ。
少年の正体に疑問を感じ考え込む。

程なくノックと共に少年が入ってきた。

「失礼」

声に違和感を感じた。いや声だけでなく、その格好にもだ。
着替えたようでラフな格好からきっちりとしたスーツ姿になっていた。
子供かと思っていたが格好からすると青年のようだった。

「ご迷惑をおかけしました。俺のせいで」

困ったように笑い、お辞儀をされた。
先ほどの少年とは思えないほど綺麗な動きだった。すっと顔をあげて俺の対向にあるソファに腰掛けた。

「突然連れてきたのはスーツの弁償と、もう1つ急用が貴方にできてね」

「はぁ…」

少年の変わり様に少しついていけず曖昧な返事を返してしまう。
ガチャリと音がし、見れば先ほどの運転手が入ってきたようだ。鋭い目つきが帽子の陰からチラリと見えた。

「さて」

ピリッと空気が変わるのを感じた。
今までたくさんのマフィアと関わってきたが、こいつはやばいと脳が警鐘を鳴らした。

「私は、ドンボンゴレ沢田綱吉…」

声がした方を見れば少年は…沢田綱吉は氷のような微笑を浮かべていた。この人がドンボンゴレだと?と疑いと同時に納得してしまった。

「脅かすつもりはない…ただジェラートをつけるつもりもなかったし…仕事するつもりもなかった…そこはすまない」

彼は、瞳をこちらに向ける。
オレンジの煌めきが入った澄んだ瞳。
指には友人が着けていた指輪と色違いのものがはめられていた。ゆっくりと彼が口を開いた。

「本題は君を私の守護者としたい」

「……え?」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
そして言葉を理解した時には頭は真っ白に染まった。

憧れのファミリーに、しかもボス直々にスカウトされている。

そしてその席はボスの隣。なんという事だろうか…。
言葉が全然出てこない。


「あ…」

「もちろん強制するつもりはない、選択を与えるだけ…」

凛とした顔を困らせながら彼は話した。
さきほどのジェラートを食べていた時とは別人とも思えるほどに違う。
やっと友人の言っていたことが理解できた気もする。

「守護者は誰でもなれる訳ではない。選ばれるのだ…指輪に…」

まるで呪いだ、と彼は呟いた。
彼もまた選ばれたのだろう…その指輪に。
望まないままに受け入れたのだろう。

「そして君は選ばれた…私には見えた…君の中の炎が」

すっと赤の石の指輪を差し出された。

「私以外の守護者はこれを拒否することができる……だからよく選んでほしい」

俺は黙って差し出された指輪をはめた。
すると彼は驚いた表情で俺を見た。

「…!」

「俺は…貴方のファミリーに憧れて殺し屋となりました…憧れのファミリーの一員として生きれるのならば…本望です」

跪き、彼の手の甲にキスを落とした。
これは忠誠の証。

「…ありがとう……、再生せよ…」

彼は優しく言うと静かに呟いた。
すると指輪から赤い炎が発せられた。

「?!熱くねぇ…」

不思議と熱くはない。炎は勢いを増して、全身を包むように広がり消えていった。

「荒々しく吹き荒れる疾風となれ…それは君の嵐の使命…今日から君は嵐の守護者としてファミリーと共に生きよ」

「はい…ボス!」

彼の言葉に力強く頷いた。






「な、言った通りのやつだったろ?」

山本武が楽しそうに話しかけてきた。ここはボンゴレファミリーの屋敷。

「お前の言葉じゃあの方を表現しきれてねぇだろぉが!」

全く感情の激しい奴だなぁと山本武は笑った。
どうやら獄寺隼人はドンボンゴレに惚れ込んだらしい。

「えーそうかな、ツナは一見ボスぽくないけどボスなんだよな」

「おま、呼び捨てにすんなよ!しかもなんだよその言い草は!」

「いーの、仕事中じゃないんだからさ」

最後、二人以外の声が入ってきた。
それはボスのものだった。

「わーっ!!ボス!」

俺は驚きすぎて仰け反り椅子から落ちた。
その様をみてボスは子供みたいに笑っていた。

「隼人は面白いなあ」

俺は一生この人に支えていく。
運命にがんじがらめになっているこの人のために。
常に隣にいよう。右腕として。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ