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□雨の守護者
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ある雨の日だった。
嵐の様な雨だ。前だって霞んでよく見えない。赤い水が俺の視界を潰していた。

「……ごめんなさっ」

酷く悲しげな声が俺の耳に届いた。
そちらを目だけで見れば、不安げにゆらゆらと揺れる琥珀と目があった。

酷く、静かな男だった。
荒々しい嵐の中にて異質な存在感を持っていた。

「っ…だ」

不安に肩を震わす、少年の様な姿をした男にただ一言いいたかった。
大丈夫、だと。
だけど伝えたい言葉は声にならない。

「どけ…」

俺を撃った黒い人影が冷たく放つ。これは少年の様な男に投げ放たれている。
少年は肩を揺らした。

それから視界が明るくなった。
意識は遠退いていく。

…ダメだ
そいつを殺さないでくれ

殺すな

そう強く思った。理由はわからない。
ただ強く思ったその瞬間、淡い青い光が少年から広がり、俺を包み始めた。
青い光に包まれた瞬間全ての感情と痛みが引いたような気がした。



「これは…っ」

黒い影が驚いたように声を発した。
目の前に倒した男が青い炎に包まれている光景に驚いた、訳ではなく。

青い炎が発生したことに驚いたのだ、
足元にしゃがむ少年は悲しげな顔でそれを看ていた。
先ほどのようなあどけない、不安を帯びた顔はなりをひそめている。

凛とした、強い覚悟をもった顔へと変わっていた。

男の感じた違和感はこれだ。
いまは意識を失ってはいるものの男の纏う炎は段々と強くなっていく。

少年は、眉を寄せた。

「意識を失いながらもこれ程の炎を…」

この炎は、意志の強さ、覚悟の重さによって増減する。
意志が強ければより炎も大きく純度も澄む。

山本武、二大剣豪の片方。
青い炎を発する男は裏社会で有名だ。

「おい、ツナ…お前…知っていたな」

黒い人影は少年を睨んだ。
殺気の込められた瞳に少年はクスリと笑った。

「…知りはしなかったよ、ただ感じただけだ」

先ほどのような柔かな声ではない。
冷たく、鋭い硬質な声。

「私と同じ…継承者の炎を」

指に填められた指輪がオレンジの耀きを放つ。
すると彼の手のひらにある指輪が、目の前の男を包む同色の光を発生させた。

「…どうする」

黒い男は少年に問えば、少年はふわりとオレンジの炎を全身にまとった。

「…君の命のために、君には我が守護者となってもらう」

その光を見て少年は切なそうな瞳で男を見た。そして小さく謝りながら、呟いた。

「再生せよ」



「…ん」

気が付けば俺は知らないベッドに寝ていた。撃たれた傷は手当てされている。

「っ、ここは」

それを認識すれば自然と枕元に置いてあった刀を手に取り、起き上がった。
辺りは穏やかな空気で、何ら変わりない時を刻んでいた。

一瞬警戒するもすぐに刀をおろす。
…悲しいことにそれが習慣となってしまった。
元々は野球選手を目指していた。
けれど俺は友人のために、剣士となる道を選んだ。
別に後悔してる訳でも、それを友人に恩着せがましくしたい訳でもない。

でも未練はあった。
それだけだ。

俺は大いなる決意を持って友人と共に歩んでいくことを決めたのだから。


「…起きましたか」

なんとなく感傷に浸っていると壁から声をかけられた。
人を見下したような声音の壁(?)はため息混じりに愚痴った。

「全く、なんで僕がこんなストーカーよろしく張り込みみたいな真似を…」

ぶつぶつという壁を見て、なんとなく変な感じがした。
ぼんやりと人影が見えるのだ。
自分と同じ頃の年齢の男だろう。

「お前…なんで壁に貼りついてんだ?」

みれば見るほどより一層人影を捕らえられた。もうすでに相手の顔まで見えている。
それを指摘すれば、相手は驚きと共に感嘆していた。

「ほう、僕の姿がみえるのですか
クフフ…面白い」


相手は姿を表した、その姿には見覚えがあった。

「…六道骸…」

「そこまではわからなかったようですね…なるほど」

信用できない胡散臭い笑みを浮かべ六道骸は首を傾げていた。

六道骸。
今まで壊滅させたファミリーは幾星霜。
大小問わず、ファミリー同士の潰し合いに見せかけた暗殺を得意とする暗殺者。

最近ではそんな噂を耳にすることはなくなり、死亡説も密やかに囁かれていたが、実はボンゴレファミリーに入ったと友人が漏らしていた。

ならば、ここはボンゴレファミリーの基地かなんかで六道骸の言動からドンボンゴレに俺を見張るように言われた…そう推測した。

だがボンゴレファミリーのボス、名前さえも不確かな存在。
なぜ六道骸はそんなファミリーへ所属を決めたのだろうか

「別に今すぐ殺して差し上げても構いませんが…生憎とそれは叶わぬようですね」

なんだか物騒なことを呟き、六道骸は姿を消した。
あれが幻術というものなのだろう。

まるでこのタイミングを見計らったように消えたと同時に部屋の扉が開かれた



「っ、」

姿を見せたのは、昨夜殺されそうになっていた少年…によく似た容姿の小柄な男。
一目見れば分かる、彼はボンゴレファミリーの頂点にたつ男。ドンボンゴレなのだと。
黒い外套、蜂蜜色の髪、そして僅かに揺らめくオレンジの気配。
彼の潜在的能力を感じ取り、俺は思った。
いや、本能が警告したのだ。

『殺せ』

「っぅあぁあ!」

「……」

気がついたら刀を手に取り彼を床に倒していた。
マウントポジションをとって首に刃を当てていた。
しかし彼のオレンジの瞳は揺らぎもしなかった。凍てついた氷の様な冷たい眼差しのまま、俺の目をみていた。

「…」

ああ、違う。
昨日の少年はこの男だ。

その時に気づいた。
昨日殺されそうになっていた少年は、俺を試していたんだ。
違うと判断してしまったのはあまりにも異なる性質の雰囲気を持っていたからだ。

だがこうしてみれば何ら変わりない。

この静かなほど気配なく、不思議な存在感を、俺は感じていたではないか。

不思議と冷静に受け止めていた。

「山本武、生まれもっての暗殺者といわれるだけはある」

少年はその瞳と同じくらい冷たい声音で機械的に喋った。
動揺や恐怖といった感情は見受けられない。ただ淡々と話していた。

「私の力を感じ、本能で私を殺そうとした…見事だ」

そしてそれをこなせるだけの反射神経も持ち合わせている。

「冷静に物事を量るその頭も、殺す寸前に理性で抑えられるその衝動」

「…っ、はぁ…はぁ」

「やはり…不気味な程に最も相応しい」

彼は胸のポケットから指輪を取り出した。
「あ… 」

青い炎が俺を満たしていく感覚に覚えがあった。そして同時に空っぽな部分が埋まっていく、そんなどこか懐かしい感触に俺は彼から退いた。

全てが鎮まっていく。

青い炎が消えていく。
全てが消えてしまうと少年は
先ほどとはうって変わった悲しい顔で俺を見つめる。

人間味溢れる表情だった。
ボンゴレファミリーのボスとしての顔ではなく、ただの一人の少年の顔。
昨夜不安に肩を揺らした弱い少年。

「…俺はボンゴレファミリーを…継承したくなかった」

「だから選んで…確かにお前は正当な継承者だけど…俺は強制しない」

必要であればこの指輪を砕いてしまっても構わない。彼はそう言った。

俺はわかった、彼は酷く優しくそしてそれ故に残酷な道を歩むのだ。

自分の過去と重なった。


大切な誰か守ろうと剣士になった。だけど誰かの為に剣を振るわなくなって何年の時が過ぎたのだろうか。
いつしか裏世界の闇に侵されてしまった純粋な決意は、いまの主にただ利用されてしまったのだ。自分の意志とは関係なしに強制された場所のつらさを知っている。

俺はやっと思い出した。
大切な誰かを、やっと見つけた。
いつの日か死のうとした俺を助けたのは、あんたなんだな。


「ならば俺は…」

お前を守れるならば、俺はいくらでも傷ついても構わない。
全てを清算するお前の雨となろう…

彼はやはりと言ったようにただ笑みを深めた。




今日は晴れやかでとても良い日だ。
心持ちも自然と良くなる。
浮き足立つ俺を隣にいた男が牽制を懸ける。眼光を鋭くして睨んできた。

異国情緒溢れる銀の髪、嵐の様な気性の男だ。

「なに浮かれてやがんだ」

不機嫌そうに眉間にシワを寄せている。
低く呟けば俺の反応など気にせず、先に歩いていく。

全くの正反対のコンビ、よくそういわれるが俺は中々いいと思っている。

「お前はなに怒ってるんだよー」

ニカッと笑う俺の顔をみて、さらに機嫌が悪くなっていく。なんでかはよくわかんねぇ。

「てめーのそーゆとこだっつってんだろーがぁあ!!」


でもまぁ10年以上の付き合いだ。
今さら気にすることでもない。
ダイナマイト両手に突っ込んでくる喧嘩早い友人を軽くいなすために俺は背中の得物に手をかけた。


その手には青い石が嵌め込まれた指輪が、彼に誓った決意を体現するかのようにキラリと煌めいていた。

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