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□霧の守護者
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日常、そう呼ばれる日々を繰り返していた。平凡とは言い難いがそれなりに楽しんで生きていると思う。
ただ、僕以外の人から見たら僕にとっての日常は修羅の日常という表現をされているけれど。僕はそれを苦に感じたことなどない。
日常を辛苦に感じながら巡る者は全くとは言い切れないがそうはいないだろう。

僕の暮らす日々は主に鮮血を見るものだ。所謂、裏社会というものだ。
僕の仕事は暗殺、殲滅、スパイ、と人殺しに関わるもの。僕は相手の心を惑わす力を持っている。
それらは幻術などと呼ばれている。
例えば、森の中で霧を出し道をわからなくさせるということをするのだ。

生まれた時から僕の暮らす世界は裏と呼ばれていて、この仕事に今更疑問は抱かない。躊躇もない。

今日も僕はそんな日常を巡るのだ。



暗い室内に不穏な影が揺れている。
その影はスーツを堅苦しいまでに着ている男の背後に、音も気配なく近づいた。

「あがっ…」

バキメキィと
不自然に人の骨が軋み、肉が裂かれる音が辺りを一瞬のみ支配した。
男の低い断末魔はか弱く短かった。

今日も僕の仕事は変わらない。なんとなくそう思っていると、唐突に静かな空間にあまり気のない拍手が響き渡った。
僕と先ほど絶命した男以外今この場にはいないと思っていた僕は突然の出来事だが、油断せずしっかりと警戒して部屋を見渡す。

確か今夜は満月だった。僕から見ると月明かりが当たらない陰の場所、そこは小柄な人が立っていた。

拍手の発生源はその人からで、陰の中に目があうとその人はやる気のない拍手を止めた。おおよそさっき殺した男の仲間で、報復やらなんやらで、少し面倒な事になりそうだ。

そんな考えを心の隅っこに思考していた。
しかし、その人は僕のそんな心を見透かしたようにゆっくり僕の方へ歩み始めた。カツカツと革靴を履いているのだろう、その足音が響いている。少しこちらに近づいたところ僕が大股で数歩行けば届く、その人の顔が見えないギリギリのところに足を止めた。
歩みを止めてそこに直立するその人は、まるで今日の天気でも聞くような軽い声を発した。

「やぁ、こんばんは」

こんな血生臭い場には似つかわしくない。
僕はそう思った。
この人の身に付けているものだけが、この場に馴染んではいる。しかしそれ以外はとてもじゃないが僕の知ってる世界には本当に似つかわしくない。そんな印象を抱く人だった。

「…いつからそこに?」

「ずっーと前、君がここに忍び込んで人を殺す前から、」

茶化すような口調で顔は見えないが彼は微かにクスリと笑った気配がした。

ちらりと見えるオレンジの石をたたえた指輪は裏社会の重鎮たちを幾度も見てきた僕でも見たことがない代物だ。

声質から彼を男と僕は判断した。
黒のスーツに身を包んだ彼は間違いなく僕と同じ世界の人間、そう判断したのに僕の心は彼を裏の人間と思えていない。

「僕を咎めないのですか?」

「面倒くさいからね、それに珍しいことじゃない」

彼はどうやら仲間じゃないらしい。
ずっと前から、僕がこの男を殺す瞬間もそこにいたのに彼は静観していたのだ。
しかし何故彼はそこにいて、僕に話かけているのだろうか。様々な疑問が僕のなかに浮いてくる。
するとまた僕の心を見透かしたように彼は言った。

「私は君をスカウトしにきたんだよ」

後頭部あたりにカチャリと小さな音が聞こえた。どうやら銃を突きつけられているみたいだ。
「…っ、手荒なスカウトですね」

「そんなつもりは私にはなかったよ
…殺すなよ…」

彼は僕と僕の後ろにいる人物、両方に牽制をかけた。僕は発動しようとしていた術を解いた。すると、僕の後頭部から銃をおろす音はしたがどうやらまだ警戒は解かないようで、僕の背後から動いた気配はしなかった。

僕の背後に生物の気配はしない。
息遣いさえも聞こえない。この状況で僕の心臓の鼓動が身体中に響いているせいかもしれない。
しかし、それを差し引いたとして…銃を突きつけらるまで気づかなかったのはちょっとショックだ。
彼は僕の後ろにいる人物に話かけていた。

僕と話していた時の穏やかさというか軽い雰囲気が重くなった。
深い、まるで深海に沈んでいるような感覚を覚えた。

「そういえば挨拶してなかったな、私の名前は沢田綱吉、後ろのはリボーンだ」

「…死神」

彼、沢田綱吉は軽妙に話した。
しかしこの二方、裏社会に降臨する者たちだ。
特にリボーンは死神と恐れられる早撃ちの暗殺者、沢田綱吉の名は…一度耳にしたことがある。
僕は冷や汗が背中を伝うのを感じた。


「なぁ、六道骸」

沢田綱吉が笑う。

「俺は見ての通り、無力だ
人がいなければ何もかもできないし、統治などできない」


「そんなことないでしょう…」


彼は、沢田綱吉は
…裏社会の頂点、全てのマフィアの王といえる。ボンゴレファミリーのボスだ。
彼の情報は常に高額な値がつけられ、真実の情報は本当に稀な上、かなりどうでもいいものばかり。ドンボンゴレ以外の名(本名)を知らない者がほとんどである意味伝説的存在だ。
ある説では存在していないのでは、と囁かれていた人物が、僕をわざわざ本人がスカウトしにくるとは一体。

「いやいや、俺は確かにボンゴレを継いだが、完全じゃない。そう…俺だけでは足りないんだ」

そういえば、ボンゴレファミリーにはファミリーを守るため六人の守護者と呼ばれる存在が必要不可欠ときいたことがある。

「今のところな、俺以外の席が生憎とがらがらで、ちょうど人材を探してた」

彼はポッケからインディゴの光を放つ指輪を取り出した。

「指輪がお前を選び、認めた」

そしてその指輪を僕に投げ渡した。
どうやら光は炎で、不思議と炎は熱くなく僕を包み込んだ。その感触はなんだか懐かしい感じがした。
その様子を見ていた彼の顔が僕を包む炎で照らされていた。その表情は酷く悲しげだった。

「そして俺もまた選ばれた…、もう逃げることは叶わない」

グッと自身の手を握った。彼の指輪もまたオレンジの炎を纏っていた。


「だが、決めるのはお前だ」

意思の輝きを持つ琥珀の瞳が僕を射抜いた。その瞳から僕は目をそらすことはできなかった。

僕はマフィアが…憎い…。
指輪に触れるまでそう思っていた。
この指輪の炎と彼の瞳を見た瞬間、それが和らいだ様な気がした。


「クフフ…面白いですね」

僕は笑っていた。
こんなにも馴染んでしまった炎はきっと断ち切れない。これは僕の運命だと心のどこかが囁いた。

「隙があれば、ボンゴレファミリーを乗っ取って差し上げましょう」

「いつでも待ってるよ」

僕の言葉に彼は優しく笑っていた。


そして彼は僕の手にある指輪を、まるで契約のように僕の指にはめた。

「再生せよ…」

小さく彼が呟けば、僕の指にはまった指輪はインディゴの火柱がたち、指輪は沢田綱吉のものと同じような、大きなインディゴの石の指輪へと変わっていた。


「インディゴは霧、有るものをないものし、ないものを有るとする敵を惑わす幻覚となれ…」

まるで僕の力の様な役割だ。

この時から僕はボンゴレファミリーの守護者となった。
これからは彼がいて、僕が彼の命を狙う。
そんな日常が続くのだろう。

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