Novella

□静かなる夜明け
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棺は木漏れ日の美しい森の中にある。
棺の中は、黒の外観とは対称的に色とりどりの美しい花が彼の細い身体を埋め尽くしていた。
眠っている青年は、作り物のように冷たい微笑を浮かべている。まるで嬉しそうだ。自分には少なくともそう見える。
色素の薄い、蜂蜜の様な色をした柔らかい髪。閉じられた瞼を縁取る睫毛も同色をしていて、閉じられた瞳もさぞ美しいだろう。そう期待に胸を高鳴らせる。不思議な感覚だ。

木々がざわめきたった。まるで自分の心中を見透かした様に。
彼は眠っている。
別に死んでいる訳ではない。そうわかっていても、その姿を再び見ると心がざわめきたつのだ。一度は、本当にこの世から彼が消えてしまったのだと絶望した。



あの時の彼の顔は血塗れだった。そんな彼が途切れ途切れに掠れた声で言ったのだ。

『あとは…まかせたよ…』

涙ながらに聞いた最後の言葉が未だに耳から離れない。



二度目は今だ。わかっている。過去の自分達がこれからの未来の為に戦い、全て終わったのだと。彼は死んでないと知らされて、死んでいるのか生きているのか信じられないから彼に会おうとしているのだ。

彼はとても意地悪だ。自分が…いや、自分達がどれだけ悲しんで怒って悔やみ切れなかったか、彼は知っている。それなのに棺の中で悠々と眠っている姿を見せつけている。

「おい…いい加減起きろ…」

本当に生きていてるのか確認したい。呆れた様に彼に、早く起き上がっていつもの様に笑ってくれと催促をした。
未だに心の中を支配しているのは不安と絶望がない交ぜになった感情だ。そんなことも見透かした彼は悪戯に早く起きようとはしなかった。勿体ぶってゆっくりと瞼を開けていく。
透き通った琥珀の瞳が全貌を現す前に、こちらに向いてきた。すると彼は薄く笑みを浮かべて、何事も無かった様に静かに唇を動かした。

「やぁ、センセ」

声を発した彼に嬉しさがどっと込み上げる。しかし素直に喜ぶさまを見せたくなく、ついでにいつものように生意気な教え子につい減らず口を叩く。

「…ダメツナが」

一応ポーカーフェイスを気取り、気障に帽子の鐔を持ち目元に陰がいくように下げる。
これはもう癖のようなものだ。
そして唇だけに笑みを浮かべた。
その仕草を見て彼は目を細めた。

「ふふ、懐かしいなぁ…」

きっと学生時代の時を思い出したのだろう。思えばこんな風に減らず口を叩くのは何年振りだろうか、そんな思考を巡らすも、未だに起き上がろうとしない彼の琥珀の瞳と目がかち合った。

「…ごめん」

彼は目を伏せ申し訳なさそうに謝罪してきた。どんな事態になるか、彼はわかっていた。それも覚悟の上、過去の自分達とこれからの未来の為に皆に悲しい思いをさせてしまったのだから。
その事への罪悪感がずっと重荷になっていたのだろう。悲しみに染まった瞳が揺れている。その姿は10年前と対して変わっていなかった。そんな彼に自分は背を向けた。

「…二度とするな」

発した言葉を聞いた彼は、困ったように笑った。それを肩越しに見てなんだか冷たい夜に暖かい朝日が射し込んだ様な気がした。

「…ただいま、リボーン」

冷たい闇夜は彼によって暖かな新しい朝を迎えるのだった。

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