Novella
□うたた寝
1ページ/1ページ
よく晴れた昼下がりの事だった。
普段は誰も近寄らない俺の部屋にちょっとした違和感を感じた。
一番不信に感じたのはさっきまで俺が寝ていたベッド。
寝起きで喉が渇いていたから水を取りにキッチンの冷蔵庫にいっている間に何者かが侵入し、俺のベッドに入っていた。
まさかとは思ったが相手に殺気はミジンコ並も感じない。暗殺部隊のボスがそう思うのだからまず間違いないはない。
暗殺者ではないのなら一体誰だ。部下がここに入ってくるのは非常時とカス鮫のみ。
色々考えてみたが面倒になってきた。相手に動く気配は感じない。さっさと毛布を剥がしてしまえばいい。
それでいい。万に一つ、あり得ないが暗殺者の場合撃ち殺せばいい。
そう思って彼は毛布を勢いよくひっぺがえした。
「……」
ザンザスは頭痛がしてきた気がしてこめかみをおさえた。
その正体にかける言葉が見つからなかった。
マフィアの頂点とも言えるべき男が呑気にも俺のベッドで健やかなお昼寝をしていたのだ。
しかも気配をわざわざ消して侵入して。
「おい…」
「……」
ザンザスはとりあえず呼び掛けてみたが、反応はない。
「てめぇ…起きてるだろ」
キレてもこいつには何にも効き目も意味もない。溜め息混じりに呆れたようにまた呼び掛ける。
立っているのも癪なので椅子をベッドの脇に寄せ腰を掛けた。
少し幼い寝顔を鋭い孤高の光を宿した赤の瞳が見つめる。
しかし何の反応も無く、安らかな息遣いが静寂の中に漂う。
沢田綱吉の影響で大人の階段を駆け登るザンザスは諦めというものを覚えた。
彼はザンザスの欲したボンゴレを継いだ。とても釣り合わない。とても小さく弱々しい印象を受ける。
しかし彼は誰よりもボンゴレに相応しかった。
…今更ボンゴレを奪おうと思う気持ちはないといったら嘘になるが、こいつのボンゴレを見てみたいという気持ちのが今は強い。
(…女みてーな肌)
ここまでじっと沢田綱吉の顔を見つめたのはこれが初めてだ。
(ずいぶん華奢だな…寝れてないのか…)
なんだか思考が世話焼きになってきた。ふと我に返った。
「…カスが」
「ずいぶん…優しくなったな」
「やっぱ起きてるじゃねぇか」
「…寝てたよ…」
沢田綱吉は細く眩しそうに目を開けた。
「ザンザスが椅子に座ったあたりから」
この身に流れる血が眠ることを忘れさせてしまったようで。
「ほとんど寝てねぇだろ」
ザンザスはそんな俺に気を遣っているらしく、口は悪いが優しい。
そんなザンザスに俺は意地悪く口端を上げにんまり笑う。こういう時よく俺は冷たい目になるらしい。
「私を殺せるチャンスはだったのにな」
歪んだ笑みを見せる沢田綱吉に、ゾクリと嫌な悪寒が背中に伝う。
「てめぇ…!」
眉をしかめ鋭い眼光で綱吉を睨む。綱吉はそれを見て何だか懐かしさを感じた。彼はふっと脱力する。
「冗談だよ、そんな怒らないでよ…」
「二度と口にするな」
立ち上がりそっぽをむくザンザス。俺は力なく笑った。
決してザンザスが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。
だからつい意地悪いことをしてしまう。
「その水…」
「頭にぶっかけてほしいのか?」
「恨むなよ」
ちょうだい、とかわいい子ぶって言ってみるも、根に持ったのか反撃してくる。
「ザンザスのばーか」
「あぁ"?お前のがばかだ」
最終的にはまるで子供のような口喧嘩をしてしまう。果てのないようなこれに終止符を打ったのは綱吉の方だった。
「ザンザス」
意思のこもった意味のある言葉。その声にザンザスは目で見やり、なんだと応えた。
「もしだよ、もし俺が死んだら…お前はどうする?」
天蓋を見つめながら軽い口調ですごい重いことをいう綱吉をザンザスは鼻でわらった。
「どうするもこうするも…そん時はマヌケって嘲笑ってやるよ」
「ひどいなぁ」
乾いた笑い声と共に綱吉は目を閉じた。ザンザスは…優しい。
「それにてめぇは殺してもくたばらないだろ」
「俺、れっきとした人間だよ?」
「そのうちタヌキとか呼ばれるようになるぜ?」
「えー、やだなぁ」
綱吉は自身の首元に手をあてがった。そこには刺青がある。継承したときに覚悟と決意の証として、ボスの証としてと彫ってもらったのだ。
「…痛むのか?」
「いや、もう大丈夫」
「…『魂は常にボンゴレと共に』だったな」
それはザンザスだけに告げた本当の俺の願望と意思。
この刺青に隠された意味。
ボスになると当たって掲げた宣誓。
「なんか恥ずかしいな」
「自分が言ったんだろが」
そうだね、と寝返りをうちザンザスに背を向けた。
目を閉じれば浅い眠りにつく。
夢でさえ現実を映すこの力が恨めしい。
「寝んのかよ」
「ああ…もう大分寝てないんだよ…」
余裕のない弱々しい声はそうぽつりと告げ、それを最後に声は安らかな寝息に変わった。
夢に落ちた綱吉は何を見るのかはわからない。
ただ、いまわかることはザンザスが俺の隣で一緒に眠っていることだけだった。
END
オチはない
意味はない