春色の軌跡

□17 惨殺事件と失踪
2ページ/2ページ


驚く暇もなく、新たなクナイが大量に襲ってきた。それを避けるともう、イタチさんはこの場にはいなかった。
「お前の力では無理さ」
「だからと言って、見過ごすことなんかできないよ……変化」
イタチさんを止めるには、まず、シダレさんを倒さなければならない。私は前世の、全盛期の頃の自分に変化した。

「ライトニング」
素早く小さな雷を走らせたがヒラリと交わされ、距離を詰められる。
「ウィンドカッター!」
数個の風の刃も難なく交わされ、抜刀されたシダレさんの剣を、シダレさんから受け取った父の形見の剣で受け止めた。数回剣を重ねたら、シダレさんはクナイを投げたのでそれを避けーーまずい、起爆札付きのクナイだ!
私の背後にあった木にクナイが刺さると、起爆札が発動して小さな爆発が起きた。
転がりながら爆風を逃れた。至近距離で起爆札を投げたため、同じく距離を置いたシダレさんを襲うように、
「サイクロン」
竜巻を発生させた。詠唱破棄した上級魔術。詠唱破棄したため、小ぶりな竜巻になったが、1人相手だとこのくらいで丁度いい。風のうねりが木々の幹を傷つけ、枝を巻き込みながら、シダレさんを囚えた。この隙に、きちんと詠唱した高威力の魔術をぶつける!

「無数の流星よ、彼の地より来ーーぐっ、」
詠唱中に左からの気配に気づいたものの、避けきれずに左腕を大きく負傷した。詠唱中はどうしても動きが鈍くなってしまう。
「ただの影分身だ」
サイクロンで閉じ込めたのは、シダレさんの影分身だった。私が起爆札を避けるためシダレさんから眼を離した隙に、影分身と入れ替わっていたのだろう。

2撃目、3撃目と追撃される剣技を、右手で握る刀で防いだ。左手が使えないため、先ほどは剣術で差が出なかったものの、徐々に押され始めた。治癒しない限り、このままでは左腕は使い物にならないだろう。
「紅蓮剣」
治癒するために一度距離を置きたくて、炎を纏わせた剣を振り下ろした。炎弾がはじけ飛ぶも、シダレさんは後退するどころか上手く避けて間合いを詰めた。
「粋護陣」
左から斬りかかる刃を、チャクラの壁で防いだ。粋護陣とは、前世ではマナの壁を作り出して、攻撃を防ぐ術だ。今世ではチャクラの消費が激しいため、あまり使いたくはなかった。しかし、先ほど振り下ろした剣を戻す時間がなく、また、左腕でクナイや短刀を取り出して防ぐこともできなかったので、仕方がない。

「光よーーフォトン」
光属性の下級魔術だ。シダレさんの体に白い光が集結して炸裂するも、私が術を発動するよりも早くに変わり身の術の印を結んでいたらしく、私の術を受けたのはただの木片だった。

それを認識すると同時に、真上からクナイがいくつも降り注がれたので、剣で全て弾いた。弾きながら治癒術を唱え、簡易ではあるが左腕の傷を防ぐ。距離を置けたので治療はできたものの、見失ってしまった。

背後に気配を感じたので、振り向きざまに斬りかかったが、ただのシダレさんの分身だった。
「ぐっ、」
分身に斬りかかるさいに、どこからか投げられた数本のクナイが背中に刺さった。
さらに続いてシダレさんの剣戟が襲いかかったが、それは全て防ぐことができた。しかし途中でバランスを崩し、その隙に腹部に強烈な蹴りを喰らってしまった。

私の体は吹っ飛び、受け身を取ろうとしたが、すぐ側にあった木に背中を打ち付けた。抜く暇のなかった背中のクナイが、より深く刺さる。さらに追ってきたシダレさんによって胸元が深く切り上げられた。

強い、な……。
純粋な剣術だけでは、おそらく互角だろう。ただ、シダレさんは効果的に影分身やクナイを併用しているのに対し、私の魔術はことごとくかわされている。
私は基本的に隠れることなく、同じ位置に立って魔術を唱えている。向かって来る敵を迎撃するスタイルだ。しかし、忍であるシダレさんは、居場所を悟られないように身を隠しつつ攻撃してくる。途中から防戦一方になってしまった。これが忍の戦い方か……。

膝を着いてしまった私は、さらなる追撃が来ると思って身構えたが、シダレさんは立ち止まった。
「サスケ……か」
そう呟くと、集落を覆う結界が一度解かれた。しかし、またすぐに元通りに復活した。集落の外に居たサスケを中に入れたのだろうか?
「コマイヌ、結界の外にうちは一族が残っていないか調査してくれ」
『承知致しました』
口寄せされたコマイヌが、去っていく気配を感じた。

正面に立ち、シダレさんは私を見下ろした。
「分かっただろ。これが力量差だ。俺はまだ、自分の術を何も使ってない」
魔術を多用する私と違い、シダレさんはまだ影分身と変わり身の術しか使っていない。初歩中の初歩の忍術だ。木乃花一族の術は何も使っていなかった。

「お前の戦い方はどこで培ってきたのか知らないが、忍との戦いには向いていない。また、お前自身、忍の戦術とは程遠い。俺が影分身を使うことも、自分が使うことも想定していなかっただろ」
……そうだ。起爆札も、影分身も変わり身の術も、この目にするまでは想定もしていなかった。自分が使おうとする考えも出てこない。技術としては習得していても、戦いで使う習慣が身についていないのだ。

剣術や魔術においては、相手がこう切り出してきたら、私はこう返す、と、様々なことが頭の中や、体自身に染み付いている。それらは、私があの世界で何度も乗り越えてきた死戦から学んできたことだった。
でも、この世界特有の戦術は、私の経験の中には何もないんだ。

「お前は弱い」
ドクドクドクと、胸元から血が絶えず溢れている。
「忍を目指すのを辞めろ」
この世界でこんな傷を負ったのは初めてだ。体中傷跡だらけな前世と違って、今世はまだ綺麗な肌だったのになぁ。
……そうだな。今世ではまだ、実戦積んだことないんだもんな。

「おいでーークロ」
クロを呼べば、絶対にコマイヌで応戦すると思っていた。だから無駄だと思って呼ばなかったけど、今、コマイヌは別のことをしていてこちらには来ない。クロを呼ぶなら今しかなかった。
ちなみに、クロの口寄せに必要な血は、自分で傷つけて出した血でも良いし、戦いで負った傷口から溢れる血でも良い。

私とシダレさんの間に現れたクロが、私とシダレさんの距離を離した。クロが時間を稼いでくれる間に、私はまた懲りずに魔術を唱える。体にうまく力が入らないので、膝はついたままでもいいから、上体を起こしてエネルギーを練る。
「ロックグレイブ」
まずは、地面を連続的に隆起させた。地面の変化を察知したシダレさんは、足元にチャクラを固めて空中へと避けた。
「フリーズランサー!」
空中のシダレさん目掛けて、数多の氷の矢が降り注ぐ。避けようとするも、クロが逃さない。

「ーー天光満る所に我はあり。黄泉の門開くところに汝あり」
魔術が忍との戦いに向いていないと言われようが、今の私にとって、これが最善の手なんだ。あの世界で幾度も幾度も唱え、練習してきた魔術が、全く通用しないだなんて私は思わない。
「出でよ、神の雷(いかずち)ーーインディグネイション」
シダレさんの上空に、光が収束した。その光は弾け、大きな落雷が無数に広範囲に降り注いだ。
雷がシダレさんに当たる寸前で、クロの口寄せを消した。辺りは眩い閃光で覆い尽くされた。

「……さすがですね、シダレ兄さん」
後ろに気配を感じつつも、私の体は振り向く余力も残っていなかった。クロを呼び出した時、溢れ出る血と体内の血の両方を消費させた。体内の血までを使わなければ、シダレさんを足止めできるほどの強いクロを呼び出すことができなかった。

「俺は、お前を妹だと思ったことはない」

その声はひどく冷たく、私の腹部からは赤く濡れた刀が飛び出していた。
「か……はっ」
ずるっと刀を抜かれ、私の全身は地に落ちた。
シダレさんを一目見ると、少し損傷していた。全く通用しないなんてことは、なかったね。

満月の明かりが逆光となって、シダレさんの表情はよく見えなかった。しかし彼は一度も私を見ることなく、背を向け、歩き出した。
小さくなる背中を瞳に映し、遠ざかって行く足音を聞きながら、私は静かに眼を閉じた。

.
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ