春色の軌跡

□14 前世を懐かしむ
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私にとっての”自分”とは、今の自分ではなかった。7年ほど生きてきたので、今世の自分も馴染みやすいものにはなった。しかし、すぐに成長する子供の自分よりも、長く時を過ごした”前世の自分”のほうが、慣れ親しんでいた。そんな私が初めて成功した分身の術は、背の低い子供の自分の姿ではなく、前世の自分だった。
「あ……」
目の前に、”私”が居る。

この世界では、分身の術とは一般的な忍術である。つまり、”目の前に自分がいる状況”は、これといっておかしな状況ではない。ありふれた光景だ。(まぁ今回分身した姿は今の私ではなくて前世の私だけど。)

しかし前世においては、分身なんて、自分がもう1人いるなんて、ありえないことだ。
だけど私には、私たちには、前世で一度だけ、それに覚えがあった。

「デリスエンブレム……」

最終決戦の前。私達は、幻を見せられた。それぞれの心を強く揺さぶる幻。ある人には肉親が、ある人には死なせてしまった人が、自分の前に立つ。私の場合は、それに自分が出てきた。
「懐かしい、な」
デリスエンブレムは罠だったから、良い思い出ではないけれど。でも、私があの旅の記憶に浸るのには、十分なきっかけを持っていた。

「コレット、ロイド、ジーニアス……」
最初にイセリアの3人に出会い。
「クラトス、リフィル……」
2人に出会って、そして旅は始まった。
マーブルさんやダイクさんとの出会いもあった。
それから封印を解いたり、レネゲードとも色々あって……。徐々に世界再生の真実を知り……テセアラへと渡り……。

長いようで短かった、あの旅。思い出がありすぎて、でも、1つずつ丁寧に振り返ってみた。昔はよく思い出に浸っていたけれども、最近は久しぶりだ。だけど色褪せることなく、今もなお私の記憶に深く結びついている。消したくない。絶対に手放すことのない、私の記憶。

大切な人の名前を言っていき、そして最後の名前を唱えた時、私の頬には涙が伝っていた。
「くっ……う、」
とてもとても大切な人達だった。大好きだった。もう、会うことは叶わないだろう。会いたい、会いたいんだ。私は……、
「会いたい、よ」
こんなこと、口にしたってどうしようもないのに。
「大好き。大好き。忘れない」
前世の姿である私の分身は、当時私が持っていた剣を掲げた。
目の前で剣を振り上げた"私"は、少しだけ寂しそうに微笑み、消えていった。その剣を振り下ろすことはなかった。

皆がいたから、今の私がいる。皆のことを忘れたら、それはもう私ではないだろう。私の全ては、過去にあった。

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