交響曲第1楽章

□06 脱出
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呼吸する度に、粘膜をピリピリと刺激する空気が。
歩く度に、靴の中に微小な乾燥した砂が侵入してくる。
「だーっ!!何でこんなに暑いんだ!!」
「ロイド……ちゃんとマントのフードも被って」
「何でだよ。暑いだろ」
「皮膚が火傷しちゃうよ」
そう告げると、彼は渋々と父親から頂いたマントを深く被った。質素な肌色の布で、よく漫画やゲームで旅人が着ているような物である。なんかもう、マントとか……テンション上がっちゃうね!かっこいいね!
マント姿の三人が並んで歩いていると、本当に私達は旅をしているのだと実感する。

博識なジーニアスが、私達のやり取りにため息を吐いた。
「言い伝えによると、この地方の何処かにイフリートに通じている門があるんだってさ。この辺りが暑いのはイフリートの影響なんだ」
「イフリート……?って、まさか……」
私は速まる鼓動を押さえて尋ねた。よく漫画やゲームで聞く単語だ。炎を司るジンの一種。
「火の精霊だよ」
ジーニアスは……私の期待通りの返事をくれた。
「居るんだ……」
この世界には、精霊までもが存在するんだ。すごい……!一体どんな感じなのだろう。言葉は通じるのだろうか。やはり強いのだろうか。ジーニアスの言葉の通りだとしたら、自然現象と精霊は関係があるんだね。
「イフリートに通じる門?ってもしかして……」
ロイドが首を傾げる。
「うん。コレット達が目指している封印ってのは、きっとそれのことだよ」
魔術もあるし、精霊や天使もいるし、世界を救う為には神子が解かねばならない封印とか神託とかなんだか神秘的なものもあるし、ファンタジー好きな私には夢のような世界ですなぁ!天使がおっさんなのにはショックだったけど……。金髪美人にしろよおおおお!!!もしくは裸の男の子の赤ちゃん!……あ、それはお迎えが来る時か。あれ?ジーニアスの視線が痛いや。

「そうか、じゃあこの地方の何処かにコレットがいるんだな」
ロイドは安堵の溜め息をついた。彼女達はまだそんなに遠くには行っていないだろう。
若く可愛い女の子が世界の為に危険な旅に出る……。ファンタジーとしては美味しい設定だけど……つらい、なぁ。その友人である2人も、様々な気持ちを抱えているのだろう。
「……それにしてもお前、物知りだなー」
「僕はロイドと違って、授業中に居眠りなんかしてないからね!」
少し穏やかになった場の雰囲気に、胸を撫で下ろす。だけどそれでもまだ、マーブルさんのことやイセリアのことがあってか……2人の口数は少ない。村人の何人かはディザイアンに殺され、町も焼かれる。マーブルさんは自爆。故郷からの追放。……全て、私達のせいだ。牧場への侵入。それさえしなければ……。……いや、今更悔やんでも過去は変えられない……。コレット達に追いつくことだけを考えよう。2人共それは分かっているはずだから。

髪がべたついて気持ち悪い。砂を色づける黒い染みは、一種の足跡のようだ。流れ落ちた汗と、体から離れる前に蒸発して消えた汗とは、どちらが多いだろう。塩となり肌にくっつく。
「ほら、サクラもちゃんと水飲みなよ」
ここは一面の砂漠。私達が目指すは、オアシス。封印の場所へ向かう途中に位置するので、コレット達もそこで休憩しているかもしれない。
だけど……どこを見渡しても同じ風景だ。進路を間違えないよう常に方角は確認しているけど、距離がまだどのくらいあるのかはよく分からない。水は貴重だ。
「ありがとうジーニアス」
でも、こんな砂漠のど真ん中で倒れたら二人に相当な迷惑がかかる。歩き慣れない砂漠に足を取られないよう下を向いていた私は、ジーニアスから水筒を受け取り、一口だけ水を含んだ。すぐに汗となり、それが意味のあるものになったのかは分からないが。
「ねぇ、それは世界地図だよね?」
蓋を閉めながら問うた。“それ”とは、ジーニアスが手にする紙のこと。彼は頷く。
「一番上と一番下は繋がってるんだよね?」
「当たり前でしょ……もしかして、サクラもロイドと同レベルなの?」
「むっ。失礼な。確認しただけ」
「お前らなぁ……どう言う意味だよそれ」
ジーニアスが広げる世界地図は、全くもって見たことのない地形が広がっていた。やっぱりここは異世界……なんだろうなぁ。ここが過去または未来で、大陸が移動したのだとも考えられない。地形が違いすぎる。
「そういえばさ、前々から思ってたんだけど……ロイドってそんなに頭悪いの?」
よくジーニアスがロイドを小馬鹿にしてたり、ロイドにこの世界のことを聞いても歯切れの悪い答えしか返って来なかったりするんだけど、そこんとこ本当はどうなんだろう。
「もちろん。九九が言えないレベルなんだよ……」
呆れた声でジーニアスはそう言う。……は?……その……え?
「ほんとに?」
私は確か小2で習ったはず……イセリアは小さな村だし、教育が遅れているのか?いや、でもロイドの年で九九が言えないって……。九九が分からなかったらさ、数学どころか算数もできない……よね?ロイドって……ロイドって……。
「うん……そうだよね、サクラ。言いたいこと分かるよ」
ジーニアスの目が今までにないくらい悲哀に満ちている。私も今こんな目をしているのだろうか。すごく失礼だ。ごめんロイド。でも、まぁ……この世界に必要なのは学力よりも武力かもね……。

その後も、何度か魔物と遭遇した。詠唱中の後衛のジーニアスを守りながら、私達は前線にでる。と言っても、私はロイドの邪魔にならないように細々と戦っているだけだが。
戦闘は難しい。向かってくる敵が怖くて、剣を振った。だけど当たらない。振るのが早すぎる。自分の間合いぐらい分かるようにならないとな……。……この剣、伸ばそうとしたら伸びるみたいだけどね。まだ使いこなせていない。
ノイシュは戦闘の度に逃げるけどすぐに戻ってきて、私達を乗せてくれる。荷物も乗せているから三人はきつそうなので、交代して二人ずつ背中の上に乗る。大変有難い。
休憩も少し挟みつつ、気がついたら日が沈みかけていた。気温も下がっている。ロイドは、砂漠は日較差が激しいと知らなかったのか、とても驚いていた。マントの中を厚着したけど、まだ寒い。でも、身震いしながらも眼では美しい夕陽を捉えていた。ああ……なんだか頑張れそうな気がするよ。この世界は自然が綺麗だ。そして私は自然が大好きだっ!
そうしてやっと、『砂漠の花トリエット』に到着した。

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