交響曲第1楽章

□02 神託
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「聖堂の中はこんな風になってたのか」
ロイドが感嘆の声を上げる。カトリックのミサのように、毎週日曜日に聖堂でお祈り……とかはないのかな。一般人は普段入れないのか。
「コレットは何度か入ってるんでしょ」
「うん。でもいつもと雰囲気違うみたい」
ステンドグラス等の煌びやかな装飾品が張り巡らされ、豪勢なシャンデリアがそれらを眩しく照らしている。部屋には赤い絨毯と長椅子が並べられていて、奥には十字架が。幸せそうに微笑む男女が、誓いの儀式を行うのに最も相応しいであろう場所。
……と言うのを想像していたけど、全然違った。燭台に灯る光だけでは、石造りの建物の中は薄暗い。椅子なども配置されていなかった。壁は剥がれたり崩れ落ちたりしている個所もあり、また、真新しい修復の後も見受けられる。建てられてどのくらいが経過しているのだろう。

先へ進もうとするロイドをクラトスさんは引き留めた。ロイドの剣術は我流だと聞き、懐から一冊の本を取り出す。って、ロイド我流だったんだ。
「何だよ。これ」
“戦術指南書”と書かれてある分厚いそれは、大きな欠損は無さそうだが所々擦り切れており、長年愛用されていたことが分かる。
「剣を扱うのなら基本ぐらい学んでおけ。神子を守りたいのだろう?」
「ちぇ!えらっそーに!」
舌を出して文句を言いながらも、ロイドは預かった。
「ね、後で私にも読ませて」
「おう」
私も学ばなきゃ。どのくらいの間この世界にいるのかは分からないけど、戦えるようにならなきゃいけないよね?……普通の日本人女性だったんだけどなぁ。なんでこんなことになってるんだろ。
「お前は……」
クラトスさんが私を見て口を噤んだ。え、もしかして、その本はロイド専用ですか?
背の高い彼から無言で見下ろされるのは怖い。しかも無表情。何だろ。
…………。
………………。
……………………あ。
「サクラです」
そう言えば、まだ名乗ってなかった。

「サクラ、戦闘経験は?」
「……先程のが初めてです」
私が気まずそうに答えると、クラトスさんは眉間に少し皺を寄せる。
「何故、着いて来た」
その言葉は、私の心に深く入り込んだ。
神子であるコレットに、護衛のクラトスさん。彼ほどではないが、腕の立つロイド。魔術でサポートできるジーニアス。……それに比べて私は?ただの一般人だ。いや、右も左も分からない異世界人か。
着いて来ない方が、良かった?……そりゃそうだ。戦えないもん。今日初めて剣を手にした私は、ただの足手纏い。私が着いて行きたいと言えば三人はすぐに許してくれたけれど、本当は嫌だったのでは?優しくて人の良さそうな彼らだから、断れなかったのではないか。これから聖堂の中で魔物と対峙するだろう。その時私は、どうすればいい?今からでも引き返した方がいいのではないか。
ぐるぐると考えている中、心配そうに見つめるコレットと目が合った。
なんで……私は彼女達と出会ったのだろう。しかも、異世界に来て、すぐに。
これは偶然なの?全ては神が定めた必然ではないのか――とか、信仰している神のいない私には、漫画のような洒落た台詞は言えないけれど。でも本当に、ただの偶然だなんて思えない。
手元にある剣。再生の神子様。これが示すことは……彼女達の為に共に戦うこと。そう思うのは私だけ?漫画の読み過ぎかな。
……私には、そんな力量は無いかもしれないけど。役に立てることなんて何1つ無いと思うんだけど。でも。

「何もしないのは、嫌なんです。無力でも、皆さんの役に立てるように頑張りたいのです」
答えるのが随分遅くなったけど、私はクラトスさんの眼をしっかりと見据えて言った。
弱いままじゃ、駄目なんだ。強くならなくちゃ。自然と拳に力が入る。

クラトスさんは何か言おうとしたが、口を閉じて、紫紺の背を向けた。
「魔物だ。来るぞ」
と言って、鈍く光る剣を抜いた。不安げだった三人もそれぞれ戦闘態勢に入る。

“それでも無力――足手纏いには変わらない”“皆にお前を気にかける暇はない”“口では何とでも言える”
彼は何を言おうとしたのだろうか。
でも、こんな私でも……何か、役に立ちたい。立たなきゃ。
見知らぬ世界で初めて会った人達。見放されるのが、怖い。皆と一緒に居たい。

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