交響曲第1楽章

□01 出逢い
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眠い、眠い、眠い。深淵なる闇へと堕ちていく。空虚で静寂な世界。膝を抱え、揺られながら。このまま心地好い微睡みの中に身を委ねてしまいたかった。
それでも重たい瞼を開けたのは、誰かに起こされた気がしたから。誰かが私に光を差し伸べてくれたから。
私は手を取った。ただ、それだけのこと。だけど、私にとっては重大で残酷な――救い、だった。


「眩しい……」
まず視界に飛び込んできたのは青一色で。そう言えばなんで空は青く見えるんだっけ。とか思いながら、少し、眺めた。左の片隅にあった大きな雲が右端に流れ着いた頃、私はゆっくりと顔を動かした。
雨でも降ったのだろうか。空はこんなにも麗らかなのに。生い茂る雑草が私の頬を濡らす。翠緑の彼らが身につけている水滴はキラキラと輝き、私は目を細めた。やがて伏していた上半身を起こす。
ゆっくりと時間を掛けて空気を吸い込み、一気に吐き出した。少し離れた場所で、光が立ち昇る建物が見えた。私はもう一度酸素を体に取り入れ、
「ここ、どこ?」
そう、呟いた。狼狽していなかったのは、ひどく眠かったからだと思う。

寝起きの体を立たす緩慢な動作の中、背中に衝撃を受けた。そして今度は顔から地面に口付けする形となる。
「ご、ごめんなさい」
その声と共に、体の上の重みは消えた。どうやら誰かが倒れこんでいたみたいだ。草の中で人が寝ているだなんて、思いもしなかったのだろう。
「いえ……こちらこそすみません」
ひどく渇いた喉でそう言って顔に付いた土を払いながら、今度はきちんと立ち上がり、可愛らしい声の持ち主を見た。

時が、止まったかと思った。正確には、止まったのは私の息だったが。
日に照らされて輝き誇る金色の髪が、一点の曇りも無い天色(あまいろ)の瞳が、何より私の目を惹いた。柔らかな微笑を浮かべる温顔。全てを受け入れる聖母のような女の子だった。初対面なのに、なぜだか無性にそう思った。

「コレット、大丈――あれ?」
彼女の向こうから男の子の声がした。視線をそっちに遣ると、とても清廉とした瞳の少年と目が合う。瞳も髪も、鳶色で。この人も目の前の女の子も、外国人だろうか?ひどく流暢な日本語を話しているけれど。
気まずくなって視線を外せば、彼の隣にもう一人いた。背の低い少女……いや、少年かな?二人が十代後半だとすれば、この少年は前半。なんとも美しい銀色の髪をしていた。少年の白藍色の瞳には懐疑の念が宿っているけれども。

「……旅の方ですか?」
彼女の声に視線が戻る。この問いは、私に掛けられたものだ。
「旅……?」
そう尋ねると言うことは、ここは私のいた場所ではないのだろうか。日本人とはかけ離れた容姿の三人こそが、観光客だと思ったのだが。私は辺りを見回した。先ほど見かけた建物は、相変わらず煌々としている。天へと続く光。何かのお祭りだろうか?でも、どうやったらあんなに光が出せるのだろう。建物の周囲には密集した木々が、遠くの方には民家が見える。近代的とは程遠い、田園の広がる田舎町のようだ。こんな風景、私は知らない。
そこまで考えて自分の視力の良さを不審に思ったが、聞こえて来た声に思考は一時中断した。
「あの建物の名称はマーテル教会聖堂です。今日は神託の日なので、光が上がっているんですよ」
銀髪の少年だった。キョロキョロしていた私に説明してくれたのだろう。……マーテル教?この地方に伝わる宗教だろうか。
「あんた、大丈夫か?ぼーっとしてるけど……ディザイアンか盗賊にでも襲われたのか?」
ディザ……?盗賊?なんて物騒な。自然と眉間に力が籠もる。
「ここはどこの国ですか?」
聞いてすぐに私は後悔することとなる。三人とも、ぽかんと口を開けていたのだ。私は何か可笑しな事でも言ったのだろうか。すぐ我に返ったのは最年少の少年。
「国制度が廃止されたのは随分昔のことですよ」

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