交響曲第1楽章

□10 憎悪
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再生の書は、ハコネシア峠に住むコットンと言うお爺さんが持っていた。けど、頼んでもコレットが羽出して神子だって証明しても、リアが脅しそうになっても、譲ってくれるどころか見せてもくれなかった。くそっ。見せてほしければ、スピリチュア像を持って来いだそうだ。この世界には救いの小屋と言う、教会兼旅人の休憩所がいくつもあって、ここから近くの小屋にその像はあるらしい。
面倒だけど像を取って来よう――そう意見が纏まりかけていたところで、
「パルマコスタにディザイアンが向かって行ったらしい!」
峠に居た旅人達の発言により事態は一転した。

しばらくパルマコスタには近寄らない方がいいな、と話をしている人達を潜り抜け、私達は急いでパルマコスタへと戻った。
リアやクラトス達は行く必要が無いと少し難色を示していた。コレット達は放っておけない気持ちが強かったんだろうけど、私はどちらかと言えば野次馬根性だったと思う。


広場はどよどよとしたざわめきに包まれ、たくさんの人が集まっていた。奥に木で造られた足場が見えるけど人が多すぎてなかなか進めず、これ以上は把握できない。私も見たいのでちょっと通してくださいな。
「どけ!マグニス様がお出ましだ!」
人の隙間から、ディザイアンの兵士達が次々と頭を下げていくのが見えた。そうして現れたのは、浅黒い肌をした、体格の良さそうな男性。赤髪のドレッドが特徴的だ。

「東の牧場のマグニスだ……」
中心の方から、男の人の声がした。街の人達はディザイアンと密着しないように少し距離を空けていたが、それを聞きつけたドレッドの男は、大きな足取りでその男性に近づいた。
私達もだいぶ前に出ることが出来たので、男性が腰を抜かして座り込み、その周囲に居た人達が逃げて行く様子が見えた。
「マグニス様、だ。豚が……!」
片手で男性の首を掴んで持ち上げたドレッド男は、そのまま力を入れて――首を、へし折った。
「ひっ……!」
思わず引き攣った声が出た。状況を把握しようと、ちょうど最前列まで足を進めていたことに少し後悔をする。男性の息はもう無いだろう。力を失い真下にぶらさがっている手足が、そのことを如実に物語っている。
辺りが悲鳴で溢れ返った。

マグニスは掴んだままの腕を後ろに逸らし、頭がダラリと垂れた男性を、勢いよく群衆の方に放り投げた。悲鳴がさらに強くなる。
自分の心臓が五月蠅い。呼吸が浅くなり、つらくなって隣の人の腕を掴んだ。コレットだった。あまりの光景に釘付けになり、皆がどんな表情をしているのかは分からなかった。驚いているのか悲しんでいるのか憎んでいるのか、その全てか、それ以外か。私自身、どれを感じているのか良く分からない。……人が、死んだ。こんなにもあっさりと、簡単に。

「この女は偉大なるマグニス様に逆らい、我々への資材の提供を断った」
木の足場の上に立つディザイアンが、そう告げた。その隣には――、
「道具屋の、おばさん?」
美味しそうな名前だったような見覚えのある女性が、苦痛な表情を浮かべていた。よく目を凝らして見ると、その女性の首には太い縄が繋がっていた。
「よって、規定殺害数は越えるものの、この女の処刑が執り行われることになった!」
そこで私は漸く気付いた。あれは、あの足場は、ただ高い場所にある舞台なんかじゃなかった。――絞首台だ。

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