交響曲第1楽章

□07 葛藤
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トリエットに着いた頃、私達はもちろん真っ先に宿屋へ向かった。
あらかじめリフィルさん達は、コレット・リフィルさんの部屋と、クラトスさんの部屋の、計2部屋予約しているようだった。
「もう1部屋取ろう。ロイドとクラトスさん、コレットとサクラ、僕と姉さんの部屋割りでいいよね?」
この宿屋にある部屋は全て、シングルベッドが2つだけの2人部屋だった。単純に男部屋、女部屋と分けられないので、必然と姉弟が同室になる。
「いっぱいお喋りしようね」
コレットが私の袖をひっぱる。可愛いな。私ももっと喋って仲良くなりたい。
だけど、受付へ向かおうとする私達を呼び止める声があった。
「お待ちなさい」
「姉さんどうしたの?」
少しだけ言いづらそうに黙した後、いや、言いづらいのではなく考えていただけかな。はっきりと、私の方を見て彼女は言う。
「2部屋追加して、4部屋にしましょう」
周りが不思議そうな顔をした。あ、クラトスさんはずっと無表情。
「……そうですね。そうしましょう」
残念だったけど、なるべく声や表情には出さなかった。仕方が無い。
「何でだよ先生」
「素性の知れない人をコレットと同室にはできないわ」
「そんな!」
ちびっこ3人組は納得いかないようだったけど、リフィルさんの決定が覆ることは無かった。だけど……。
「すみません。本日、空室はあと1部屋のみとなっておりまして……」
受付嬢にそう言われました。
「困ったわね……」
「どうしてそんなに混んでるんだ?」
「おそらく、再生の旅が始まったからね。神子を一目見たくてこの地方に人が流れているのでしょう」
「じゃあコレットの名前出せば部屋譲ってもらえるんじゃないか?」
……そ、それは流石に権力の乱用では?
「外見は伝わってないから言わなきゃ分かんないもんね」
そもそも神子である証明なんてできるのかな?クルシスの輝石……は一般人には分からないし。私も分からん。
「そ、そんなことしたら他の人に迷惑掛かっちゃうからやめよ!ね?」
「……とりあえず、中に入ってから話したらどうだ」
久しぶりに開口したクラトスさんによって、受付前での長々とした会話は中断された。部屋は一先ず3部屋。


「じゃあ、ロイドと僕は同じベッドで寝るよ」
頭の回転が早いジーニアス。確かに、そうするしかないよなぁ……。かなり遅い時間だから、他の宿屋はもうチェックインを受け付けていないかもしれないし。
「そうね……そうしてもらいましょうか」
「でも先生、サクラは信用できますよ」
……あれ。何だか、すごく嬉しい。でも私……記憶喪失って、嘘吐いてるんだよなぁ……。
「出会ったのは昨日なのでしょう?コレット、人をすぐに信用するものではないわ」
そうそう。私が言うことじゃないけど。
「時間なんて関係ないさ!な、ジーニアス」
「う、うん……」
んー……それも一理はありそうだけど……。
リフィルさんは深い溜め息をついた後、こちらを向いた。
「ディザイアンの基地に向かう道中にジーニアスから聞いたのだけれど、貴女、記憶喪失ですって?」
疑惑に満ちた瞳を見つめながら、私は頷いた。戸惑うことなくしっかりと。どこか悲しい気持ちなのは、嘘を吐いているからか、嘘を吐くことに慣れてしまっているからか。
「何も覚えていないのかしら?……喋ったりは出来るわね」
それとも疑われているからだろうか。
でも話を始めたと言うことは、信用出来ないからと言って切り捨てるのではなく、コレット達の言う通りに信用出来る人物であるのかどうか、見極めようとしてくれているのだろう。
「多分日常生活に支障はないんですが……どうしてイセリア付近で眠っていたのかが分からないのです」
うん、これは嘘じゃないよね。
「エルフと魔術のことも、ディザイアンの存在も、マーテル教や世界再生すらも知らなかったのですって?」
「はい」
この世界では、話したり歩いたり……呼吸同然の、至極当たり前であることを知らないと言うのは……やっぱり変だよなぁ……。
「怪しがられても仕方がないと思っています。ですが、皆さんに危害を加える気はありません」
「姉さん……サクラには他に頼る人がいないんだよ?一緒に旅をして、記憶を取り戻してあげようよ」
ありがとうジーニアス……。確かに、私には頼りがない。本当はするべきこと(記憶を見つける)もないんだけど……。いや、でもどうしてこの世界に来たのかは知りたいな。旅をしていれば見つかるのかな……?

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