□檸檬
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大蛇丸の実験施設で仲良くなったその男は、少し変わった奴だった。

オレの檻になれる程に滅法強く、そのくせ物腰穏やかで普段は大人しいのだが、異、大蛇丸の話となると豹変する。


「重吾、見てくれ!!」

「何だ君麻呂…そんなにはしゃいで大丈夫なのか?確か今日はお前検査だったんじゃ…」

「そうだ、今日は検査の日だった!そこで素晴らしい事が起きたんだ!!これ!!」


君麻呂の手に握られていたのは、小さな飴玉だった。

飴玉ではしゃぐような歳でもないだろうに、その顔は実に無邪気な喜びを表している。


「大蛇丸様がくださったんだ!!この喜びは何事にも代えがたい!!」

「それはよかったな…」

「ああ、器になりそびれた価値の無いこんな僕にもちゃんと目をかけて下さっている…大蛇丸様はお優しい方だ…!」


心酔、と言うのだろうか。

盲目的に大蛇丸様、大蛇丸様と慕っている。


それこそ、こんなちっぽけな飴玉程度で鼻血を出しながら喜んでしまう位。

精悍な顔が台無しだ。


「君麻呂、あまり血を流さない方がいい。もう少し自分の体に気を遣え。」


そっと手を伸ばして指先で鼻の下を拭ってやると、そこで漸く自分が鼻血を出しているのに気が付いたらしい。

オレの手を取り、指先に着いた血を慌てて拭き取る。


「す、すまない重吾、君の手を汚してしまった。感染するといけないから、早く消毒を…!」

「オレの心配より、まずはお前の鼻血を何とかしろ。」

「だが…」

「いいから早く止血を。」


お前の病気はお前の一族特有のもので、オレには感染しない。

分かりきった事だった。


だが、それでも君麻呂は心配なのだ。

君麻呂はオレの持つ特殊な酵素、所謂、呪印に適合した。

其れ故、オレも奴の病気に『適合』しうるのではないかと。


杞憂に過ぎないと云うのに。


「すまない…重吾…」

「気にするなといつも言っているだろう。お互い様だ。それにしても興奮し過ぎだ。全く血が止まりそうにない…」


君麻呂はふっと自虐的に笑い、止まらずに溢れてくる鼻血を垂れ流したまま、言った。


「重吾、もういい、やめてくれ。これは薬がないと止まらないんだ。」

「え…?」

「もう僕の病気は此処まで進行している。これからカブト先生の所に行くよ。薬なしではもう、出血が止められないから。」

「お前…そんなに悪くなってたのか…?」

「…本当は、此処に来る事も止められている。けど今日は、どうしても君に会いたくて。」


君麻呂は手に握っていた飴玉をオレに差し出し、受け取るよう促した。


「これ…大蛇丸様からもらった飴じゃないのか?」


あれほど執心している大蛇丸からの賜り物を、君麻呂がそう易々と他人に渡すなんて考えられなかった。


「お前の大切なものだろう?そんなものを簡単に、」

「重吾だから、あげたいんだ。僕はもう食べられないから、僕の代わりに重吾に食べてほしい。」

「何故…」


オレなんかに。


続く言葉を遮るように、君麻呂が精一杯笑いながら飴玉を握らせた。


「何故って僕と君は一心同体だから。僕は大蛇丸様の次に、君が好きだよ。重吾。」

「え…っ!?す…!?」

「もう行かなければ…また来るよ。」


爽やかな笑みを残し、止めどなく溢れる血を片手で押さえながら、君麻呂は行ってしまった。


残されたオレは、君麻呂の言葉の本意を図りかねながら飴玉を口に含んだ。

甘酸っぱい檸檬の味がした。



おわり
 

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