あか×すな

□ためらい
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今夜は満月。


満月の夜は一尾が騒いで眠れないのだと、我愛羅が言っていた。

だが今や尾獣を抜かれた我愛羅はすやすやと心地良さそうに可愛い寝息を立てながらオイラの隣で熟睡している。
二人で暮らすようになってから、柔らかなベッドに双子のように並んで眠るのが常になっていた。


可愛い我愛羅。
大好きな我愛羅。

我愛羅を起こさないようにそっと毛布から抜け出して、ベッドの横に座って顔を見つめる。

ぷっくりした頬、可愛い唇、通った鼻筋。
眺めれば眺めるほど、愛おしさがこみ上げてくる。


この寝顔はオイラが守ってやらねーとな…うん。


なんて、月明かりの下で目を閉じ安心しきっている我愛羅の横顔を見ていると、身体の奥底で血が騒ぐのを感じた。

オイラだって男だ。

人並みに性欲だってあるし、好きな奴とは当然、したい。
けど、好きって感情は厄介で、思えば思うほど、その行為に汚れた引け目を感じてしまう。

経験していてもおかしくはない年頃だが、純真で無垢な我愛羅にはどうしても手が出しにくい。
まるで幼児にいけないコトを教えるようで、なかなか先に踏み出せないのだ。

だが満月はそんなギリギリの理性の下の黒く淀んだ欲望を白銀の月明かりに照らし出し、まざまざと自覚させてしまう。


触れ合いたい。
素肌を合わせて、どこまでも深く交わりたい。

我愛羅が大好きだから。

しかしそんな汚れたコトを我愛羅に打ち明けてはいけない、望んではいけない。


気持ち悪がられたらどうしよう?
まだ早い?

怖くて踏み出せないのだ。

我愛羅が大好きだから。


近頃はそんなジレンマに思い悩まされる夜が多くなっていた。
夜毎にこんな思いを胸の中に溜めて、結局いつも手を出せずに布団へと戻る。


けどいい加減、我慢ならない。

…お前を見ながら自分を慰めるくらい、許してくれるよな?


ゴクリと唾を飲み込んで、毛布からはみ出した白く華奢な手に指を絡ませた。


「我愛羅…ごめんな、」


口先ばかりの謝罪を吐いて、片手は欲望のままに自らの性器に宛がった。


はぁはぁと自分の漏らす荒い息遣いが耳に喧しい。
これが我愛羅のだったら、どんなに興奮するか知れないのに。

我愛羅の漆喰のような手触りの指の感触を確かめてうっとりしながら、それでいて罪悪感でもう顔が見れない。

機械的な性欲処理。

背徳感情に苛まれ、それでも最後の瞬間だけは、愛らしい恋人の姿を眼に映そうと顔を上げた。


「…く…我愛羅…っ!」


指の間からぱたぱたと零れ落ちる白濁。


ああ、我愛羅、ごめんな。


欲望を吐き出した後の妙な冷静さが襲ってくる。
惨めさと済まない気持ちでいっぱいになりながら、少し汚れてしまった床を拭く。


「はぁ…虚しいぜ…うん…何してんだろオイラ…」


腹の底から盛大に溜め息を吐き出して後片付けをしていると、不意に人の気配を感じた。
仰天して振り向くと、いつの間にやらサソリの旦那が立っている。


「うげぇっ!!さ、サソリの旦那ッ!!?いつから其処に!?」

「夢中になってて気付かなかったのか?」


若ぇって恐ろしいなぁ、なんて小馬鹿にしたようにサソリの旦那はオイラを見ながらクスクス笑っている。


「我愛羅は汚せねェとか言いながら、寝顔にのぼせて自慰三昧とはなかなかお前も悪趣味じゃねーか。」

「う…」

「我愛羅はショックだろうな、お前がこんな事してると知ったら…」


どうしてこう、オッサンという人種は人の心を土足でズカズカ踏み荒らして行くのだろう。


「…とりあえず旦那、プライバシーとかデリケートとかって言葉、知ってるか?」

「あん?プラシーボだかバリケードだか知らねェが、拒まれてねーなら好きだっつって押し倒しゃいいだろうが。」

「旦那みてェなプライドとナルシズムの塊の自己中はそれでいいだろうけど、我愛羅の気持ちも聞かないままそういうコトは…って何してんだ旦那ァ!!!?」


サソリの旦那が、我愛羅を揺すぶって起こそうとしている。


「何って、気持ちが分からなけりゃ直接本人に聞きゃいいだろうが。」

「だからって今起こすことないだろ、うん!!こんな気持ち良さそうに寝てんのに!!」


旦那を羽交い締めにして止めようとするが、旦那が止まらない。


「まだるっこしいんだよ、いつまでもイチャイチャベタベタしやがって。見ててイライラするからとっとと身体重ねてヤりまくって飽きて別れちまえ。」

「僻みじゃねーか、うん!!カンパチに相手にされてないからってオイラ達の幸せを壊すな!!」

「カンクロウだ!あと相手にされてねーんじゃねぇからな!?アレはアイツなりの照れ隠しで、本当はゲロ甘な仲だからな!?カンクロウは二人になると甘えまくりだからな!?」

「嘘吐けェ!!カンパチが旦那に甘えてるとこなんか想像できねーよ、うん!」

「甘えてる!!毎日イチャイチャしてる!昨夜だってエロい事した後仲良く手ェ繋いで寝たしな!オレの頭の中では!」

「やっぱり相手にされてないじゃねーか、うん!!変態こじらせた妄想中年の汚れた手で我愛羅に触るな!!」

「テメーこそシコったばっかの手でオレに触るな!!」


「………ん……?」


旦那とオイラが騒いでいたら、我愛羅が目を覚ましてしまった。


「…どうしたデイダラ…それと…サソリもいるのか…?」

「が…我愛羅…!」

「起きたか小僧。聞け、さっきコイツがお前を…」

「わぁあああ!!!!!言うな!!!」


我愛羅は起き抜けだと云うのに何を言おうとしているのだこのオヤジは!?


咄嗟に旦那の口を押さえて起爆粘土を押し込んだ。


「喝!!」

「ぐぼォっ!!!?」


口から煙を吐き出しながら旦那は大慌てで部屋から飛び出して行った。


よし、とりあえず厄介な旦那の口は封じた。

後は…


「デイダラ?どうしたと言うのだ?」


我愛羅になんて申し開きをするか。


「あー、旦那が…オイラ達が仲良くしてんの羨ましいらしくて、ちょっかいかけて来たんだ…うん…」

「そうか…それで…何か言われてマズいような事をしていたのか?」


流石、風影様。
ごまかしきれねーか…うん。

老練した政治家のような鋭さと子供のような純粋さを併せ持った瞳でオイラを見つめている。


こうなった我愛羅にはいくら嘘を吐いても無駄、と言うより、嘘が吐けない。


やっぱ隠せねーな。
正直に言うしかないか…うん。

いや、こいつは我愛羅の気持ちを確かめるチャンスだ…うん。


「デイダラ…?」

「分かった。話す…まず我愛羅は、オイラの事が好きか?」


何を今更、と驚いた顔を見せ、我愛羅はこくりと頷いた。


「好きだ。」

「じゃあ…どの位好きだ?」

「どの位…とは…?」

「お、オイラと、何処までできる?」


何処まで、

何を聞きたいのか要領を得ない言い方しかできない自分に恥ずかしさを覚え、俯いて目線だけを上げ、我愛羅の表情を恐る恐る盗み見る。

我愛羅は少し考え込んでから、徐に手を伸ばしてオイラの顎を上げさせ、軽くキスをした。

かぁっと顔が熱くなる。


「が、我愛羅、」

「何処まで…と言ったな。」


小首を傾げてオイラの顔を覗き込む我愛羅。

いつものポーカーフェイスが、ほんのり紅くなっている。


「何処まで、あるのだ?」

「え…」


逆に問われて動転した。


何処までって、そりゃ、


「デイダラ、」

「うん?」

「愛を伝える方法にこの先があるのならば、教えてくれ。」


オレは構わないから、とオイラの唇にもう一度口付ける。


何だってコイツはこんなにオイラをドキドキさせるんだ…うん。


柔らかな唇の感触に、なけなしの理性が音を立てて崩れ始めた。


か…構わないって事は…
一線越えてもいいって事か…うん?
我愛羅はもう覚悟できてるのか?
何するのか分かってんのか?


「が…我愛羅…本当にいいのか…うん?」


確認するように聞き返すと、我愛羅は無言でこくりと頷き、若干恥ずかしそうな顔をしている。

そんな我愛羅を見ているうちに、じわっと身体が熱くなって、のぼせているような気分になってきた。


「もう…後には退けねーからな…うん…」


我愛羅を抱き締めようと手を伸ばす。


待ち焦がれていたその時。
やっと、思いが遂げられる。

我愛羅を好きになってから、いつかこんな日が来るんじゃないかと期待しつつも、そんな事は考えちゃいけないんじゃないかとずっと悩んでいた。

でも、我愛羅もきっと同じ気持ちでいてくれたんだよな…うん。


オイラ達、ついに…!!


肩に手がかかるその瞬間、何故かぱしっと手を掴まれた。


「が、我愛羅…?」

「待て、鼻血が出ているぞ。」

「うん?」


気がつけば生暖かい液体がドクドク鼻から溢れ出していた。


「うわ、」


なんてダセェんだろう。
興奮して鼻血なんて、バカ飛段でもやりゃしねーのに。

情けないやら恥ずかしいやら。


「デイダラ…これでは無理だな。」

「う…!」


大丈夫だから続けよう、なんて言えればいいのだが、そんな惨めな言葉を吐くのをオイラの男としてのプライドが許してくれなかった。

それに、我愛羅だってこんなここ一番で失敗するような奴には少なからずゲンメツしてる事だろう。


不甲斐なさのあまりしょげかえるオイラの鼻血を、我愛羅が優しく拭ってくれた。


「すまん…デイダラ。お前にはまだ早かったな。」

「え…?」

「オレ達はゆっくり、関係を築いていこう。」


あれ?

ひょっとして我愛羅…


「…血は止まったようだな。今宵はもう休もう。」


我愛羅に促されてオイラもベッドに横になった。

けど、眠れる訳がない。

早くも隣で吐息しか聞こえなくなっている恋人の背中に、ちょっとした焦りをかき消すかのように腕を回して抱き締めた。



我愛羅って…

ひょっとして、

オイラより上手…?



微かな疑惑を胸に、満月の夜は更けていくのだった。




終劇
 

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