あか×すな

□満月の夜
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満月の夜は寝付けない。

独りで楼閣の頂上に腰掛けて、砂漠の果てに唸る砂嵐を聞きながら朝を待つ。

あの日も、そんな満月の夜だった。



そいつは空からやって来た。

砂漠では見ない怪鳥に乗り、風になびく長い金髪を翻して、オレの前に現れた。


「その衣…暁…か…」

「一尾の人柱力は不眠症だって聞いてたが、今夜もそうなのか…隠密行動は失敗だな…うん…」


砂を構えるオレに対するその男は丸腰で、見つかっちまったか、と首をすくめただけ。


「闘うつもりはないぜ…うん…今日はな。」

「…何の用だ。」

「隣、座っていいか?」


オレが何も言わないうちにその男は楼閣の天守に降り立ち、仁王立ちしているオレの隣へ腰を下ろした。


「貴様…」

「ふーん、お前が一尾の人柱力か…成る程、噂通りだな…うん…」

「噂…?」

「砂を使うってのと、クールってのと、可愛いってのだな、うん。」

「……」

「でも実際会ってみるとやっぱ違うな…うん…噂より可愛いと思うぜェ、うん!」

「……」

「無口で無表情だが、それもなかなか可愛いな…うん…」

「……」


コイツ…何しに来たんだ…?


「貴様…暁の…」

「オイラの名前か?オイラはデイダラだ。よろしくな、風影。」

「あ…ああ…」

「どうしたんだ?立ってないで座れよ、うん。」


お前がどうしたんだ。
立て。
闘え。

コイツは本当に何をしに来たんだ…?


「デイダラと言ったな…?」

「あ、早速名前呼んでくれたな…うん…少し仲良しになれたな、風影!」

「な…仲良し…?」

「仲良しだ、うん!」

「…貴様、暁に間違いないのだな?」

「うん。ところで風影、もうすぐ夜明けだぜ…うん…」

「暁がオレに何の用だ…?」

「ほら見てみろよ風影…地平線が染まってくぜ…」

「聞け。」

「知ってるか?この夜明けの頃を暁って云うんだってな…うん…サソリの旦那に教えてもらったんだ。」

「だから、聞け。」

「あ…日の出が集合時間だったんだ、もう行かねーと。じゃあな、風影。また来るぜ…うん…オイラと見たこの暁…忘れないでいてくれよ…うん…!」


来た時と同じ様に怪鳥に乗り、来た時と同じ様に勝手に、奴は空の彼方へと飛んでいってしまった。

何の用だかは結局聞かず終い。

ただ、隠密行動と言っていたあたり、何かしらの目的があるのは違いない。

しかし奴は闘うでもなく呑気に話をして、特に何もせずに帰って行ってしまった。


「何なんだ…アイツ…」


あまりに敵愾心が無さ過ぎて、みすみす暁を取り逃がしてしまった。

所詮は犯罪者、有無を言わさず圧し潰してしまえばよかった。

あんな無礼な奴。
だが、悪い気はしなかった。

今までオレと対峙した者は悉く怯え、逃げ惑い、または闘志を顕わに挑みかかって来たものだ。
オレの噂を知っているならば尚更。
風影になってからは畏敬の眼差しやおべっか遣いをしてくる者も多くなったが、所詮は肩書きを有する器としてのオレを見ているに過ぎない。

だが奴は、どこまでも無遠慮で厚かましく、かつて会ったどの者とも違っていた。

怯えず、逃げず、オレに話しかけてくれた。


奇妙な出会いから一夜開け、それからは何事もなく慌ただしいオレの日常が始まった。

就任したばかりの風影の激務に追われ、ひと月も立つ頃には奴の事など忘れていたのだが、また巡った満月の夜にアイツはやってきた。


「いい夜だな…うん…」

「貴様…また来たのか…」


奴はお決まりのようにオレの隣へ腰掛けて、慣れた様子で弁当を広げた。


「食べる時間がなくてな…うん…お前の顔見ながら飯食うのも悪くないと思って。」

「…暁の…破壊活動か…?」

「いや、芸術活動だ。」

「芸術?」

「後で見せてやるよ…うん…ところで風影、お前、最近忙しかったろ?」

「何故それを…?」

「ひと月前より疲れた顔してるからな。仕事熱心なのもいいが…息抜きは大事だぜ…うん…」

「息抜き…か。」

「思いっきりバカやって笑うとかな。まぁお前の仏頂面じゃ…あ、別に仏頂面が悪いって訳じゃないぞ、うん。」

「オレの表情が乏しい事は自覚している。あまり笑う事もない。」

「オイラはそういうところいいと思うぜ、うん。お前は芸術家向きだ、うん…!」

「芸術家向き?」

「口数は少なく、クールに振る舞い、自らの思考を言葉に依らず態度で示し、誰もが目を見張り驚嘆するような一瞬の激情の迸りをその者だけに許された独自な手法で表現でき…そして見るもの全ての網膜に、そのアートの爆心地に、己の存在の証、生きた印を刹那的な閃きとして刻み込む…そういうのがオイラの目指すアーティスト像なんだ…うん…!!」

「その割にはお前は随分口数が多いな…」

「あ……うっせェ。ちょっとクールだからって調子こいてんじゃねぇぞ、うん!芸術歴はオイラの方が先輩なんだからな、うん!生意気言うとぶっ飛ばすぞ、うん!」

「よく喋る奴だ。」

「ふん!お前が喋らないからだろ、うん!だからオイラが喋るんだ!!」

「何故…何故お前はオレに話しかける?」


気になったことをそのまま口にすると、奴はうーん、と唸って少し考え込んだ。


「……わかんねェ。なんか、話しかけたくなるんだ、うん。本当は駄目なんだけどな…うん…ノルマと私的な接触を持つのは…」

「ノルマ…?」

「何でもねェ…忘れてくれ…うん…」


少し悲しそうな顔をした奴は急ぐように弁当を平らげ、もうじき暁を迎える地平線を睨んだ。


「そろそろ行かなきゃな…うん…風影、」


デイダラは立ち上がり、懐から粘土細工を取り出した。


「何だそれは…?」

「見せてやるって言ったろ。オイラの芸術作品だ…一番出来のいいのを持ってきたんだぜ…うん。」

「芸術…?」

「ちょっと危ないから離れてろよ…いくぜェ!芸術は爆発だ!!」


デイダラが『喝!』と叫ぶと、その粘土細工が爆裂し、閃光が走った。


「どうだ!?いい出来だろ、うん!!」

「…ああ…そうだな…」


何がいい出来なのかはよくわからなかったが、本人が言うのだからいい出来なのだろう。

それに芸術には詳しくないが、そんなオレでもその爆発には何か魅力を感じた。

風影の慣れない仕事で生じた諸々の鬱屈が全て、その爆発と共に弾けて消えてしまったような、そんな清々しさを。


「ありがとう…デイダラ…礼を言わせてもらう。」

「れ、礼なんか言うなよ!芸術は礼を言うとかそういうのじゃないんだ、うん!」


デイダラは少し機嫌を損ねたようにそっぽを向いて、それでも嬉しそうに語調を明るくしている。
そんな奴の姿に、何だか自分自身も嬉しいような気分になった。


それと、何故だろう。

コイツと一緒にいると、すごく楽な気持ちになる事に気付いた。
自らの役目も何もかも捨てて甘えてしまいたくなるような、そんな気持ちに。

気がつくとオレは、唐突に図々しくオレの世界に入り込んできた自由そのもののこの男に惹かれてしまっていた。

また会いたい。
側にいてほしい。
話をしたい。
ずっと、コイツを見ていたい。

けれどコイツにはコイツの日常があって、オレにはオレの日常がある。

そして奴には隠密に砂隠れへ侵入して探るべき事があり、きっとそれはオレの事、オレに封じられている一尾の守鶴の事で、コイツはオレの命を脅かすに違いない存在なのだ。

暁だとは分かっている。

だが、また会いたい。


「デイダラ…次はまたひと月後か?」

「なんだよ風影、オイラに会いたいのか?」

「ああ、会いたい。」


例えお前が、オレの命を狙う刺客だとしても。


「いつ来る?デイダラ。」

「!…い、いつでもいいぜ…うん、オイラ、お前が待っててくれるんなら、いつでも…」

「では…明日、この刻限にまた此処で。待っている。」

「…ああ、じゃあな。また来るぜ…うん…」


そしてその日から、オレとデイダラの逢瀬が始まったのだった。




終劇
 

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