きままなBASARA

□セーシュンばさら クリスマス
1ページ/9ページ

外の景色の緑は常緑樹のみ、それ以外の緑は全て枯葉となって散ってしまい、
その枯葉すらも地面に見られなくなった頃、世の中は別の緑色と赤に彩られる。
所謂クリスマスシーズンというものに突入した合図のようだ。

学生時代のクリスマスと言えば気の合った仲間達やら恋人やらと過ごす事が
定番になっていたけれど、社会人となると必ずしもそれが成し遂げられるとは限らない。

「じゃあ、センセーは今年は誰とも予定がないのかい?」

「まあな。
今までの経験上、そういった催しに行けなくなってしまった時に限って
面白いことがあったりするもんなんだよ。そうなったら悔しくて仕方ない。
しかも、就任一年目の薄っぺらい新人教師、何かあった時に逃げる事もできそうにない。
後から楽しかった話を聞かされるのも行く気があったのとなかったのでは
大きく差が出るからね。だから今年は最初から仕事モードだ。」

「へ〜……でもそれって仲間と過ごす前提だよね。
彼氏と過ごすってのは予定に入ってない訳だ。」

「そうだな、現在私のまわりにそれに該当するような異性はいないというのも悲しい現実だ。」

「ふ〜ん。」

教科職員室で学期末の様々の書類を片づけながらそう答えると、
暇を持て余してふらりと遊びに来た猿飛佐助は意味ありげな笑みを浮かべた。
本来ならば3年生のこの時期、こんな話をする時間も惜しいはずだろうが猿飛は
自分の実力と興味のある方向をさっさと見極めて推薦入試で既に進路を決めていた。
何処までも要領のいい男だ。

「何だ、その意味ありげな“ふ〜ん”は。」


あまりにも意味深な顔の猿飛に対して問い返してしまった後に若干後悔の念が湧いた。
何故ならこの猿飛という生徒、色々と情報通な上にその情報の解析能力にかなり秀でている。
つまりこの場合は……

「ほら〜、でも先生の場合はすっげぇ先生の事を“色んな意味で”慕ってくれている可愛い生徒がいるじゃ〜ん。」

私の周囲の状況を的確に見極め、そしてそれに対しての自分なりの分析を加えた上で
彼の中では事実となってしまった事柄を私に対してぶつけてくる事が予想できたからだ。
しかし、それで彼の言い分を認めるわけにはいかない。
それは私が教師であるからに他ならない。

「……さて……誰の事か、皆目見当もつかないな。」

「もう〜〜〜俺様にまで隠さなくってもいいじゃん。
俺様実はこう見えて結構口堅いよ?」

「確かに君はおしゃべりなようでいてその実、
重要な情報は切り札として取っておくところがあるのは私も知っているよ。
だけど、隠すまでもなく私にはその心当たりがないと言っているんだ。」

……大人になるという事は言われている事に例え若干の心当たりがあったとしても
それが自分の生活に不利になるかもしれないと感じると、
なんの苦も無くシラッと嘘がつける所だろう。

まあ、実際のところ何かがあるかと言われれば本当に何もないのだから
じっくりと探るような目で見られたところで心苦しいこともない。

「頑なだね〜、センセーも。ま、立場上仕方ないのは理解できるからなあ。」

「人聞きの悪いことを言わないでもらえないかな、猿飛君。
実際、私にはクリスマスには予定はないし、これからも予定を入れるつもりはない、
これが事実だよ。」

そう答えると猿飛はジッとこちらの目を覗き込むように見た。

「何だ。」

「う〜ん?いやぁ……ねえ……あ〜、やっぱり予定はなさそうだよなあ。
本当に約束してないの?」

「誰と何の約束をするっていうのか……だからさっきから言っているように予定はない!」

「そうなんだ〜、気の毒だねえ、あの男も。」

そう答えると、猿飛は座っていた椅子をクルクルと回した後にニカッと笑うと
私の背を2、3回叩いた。
そして何かを考えたのか、

「じゃ、そういう解釈で色々と考えさせてもらうわ。」

というと私の返事を待つ事なく風のように教科職員室から出て行ってしまった。




「……ったく、誰もいないから良いようなものの、危ない話はしないでもらいたいな。」

猿飛が出ていってからしばらくしてから一人呟いた。
確かに探られて痛い腹は今のところない。
しかし、それはあくまでも事象に関しての事柄で、
心象に関して言うならば危うい点がいくつかない訳でもない。

「まあ……言っているだけだし、今のところ約束通り何もないしな。」

猿飛の言うところの可愛い生徒は以前に約束してくれた通りの事を貫いている。
義理堅い男だと今更ながらに思わないでもない。
そういう流れなので本来ならば地雷原とも思われるような場所には
近づくべきではない。それは重々承知している。
しかし……

「さてと……」

自らその地雷原に飛び込もうとしているのはやはりあそこの野菜は
絶品だからなんだろう。

「今日の夕食の食材を調達しに行くか。」



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ