揚羽蝶

□鬼の居ぬ間に命の洗濯(番外)
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「梵天丸様……」

「こ……小十郎。」

「何故、小十郎の申し上げた事を守って下さらなんだ。」

「あの……書物は……」

「書物は?」

「書物は読み終わった。」

「本当でございますか?」

「あ……ああ。」

「ではどのような事が書いてありました、ぜひ小十郎にもお聞かせください。」

「えっと……」

普段はそれ程でもないが、勉学と剣術を習う時にはやはり片倉殿を師と仰ぐ部分があるのだろう。
大きな声を出すでなく、静かに梵天丸様を諌める片倉殿の前に梵天丸様は完全に萎縮してしまった。
この責任の一端は私にある……いや、一端というよりも全責任か。
私は一度ため息をつくと怖い顔で梵天丸様をみている片倉殿に話しかけた。



「まあ待て、片倉殿。」

「てめえが梵天丸様を唆したのか。」

「唆したとは聞こえが悪いな。唆したのではない、お誘いしただけだ。
今日は天気もいい、こんな天気のいい日に部屋に籠って遥か昔の爺が
書いた教えなど読んでいるだけでは世の中はわからんじゃないか。」

「何を屁理屈をこねてやがる!!」

「大きい声を出すな。
なあ片倉殿、お前はこういう時に抜け出して何かを食いに出かけた事はあるか?」

「あるわけねえだろう!お前じゃあるまいし!」

「そうか、それは奇遇だ、実は私もないんだ。」

笑って片倉殿の怒声にそう答えると片倉殿は更に怒りを込めて私を怒鳴りつけた。

「あ?ふざけてんのか、てめえ!?」

「ふざけてなどいないさ。
子供の頃にやってみたい事をやりたくてもやれなかった大人がここに二人もいるんだ。
これを三人に増やす必要もなかろう?」

「……。」

「子供は子供らしいことをやり尽くしてから大人になるのが一番いいのさ。
梵天丸様には子供らしいことを全て今やり尽くしてもらわねば……
後になってからでは出来ぬことも沢山あるからな。」

黙ってこちらを睨みつける片倉殿にもう一度笑いかけ、
今度はショボンと落ち込んでいるように見える梵天丸様に声をかけた。

「梵天丸様、今日はずんだ餅を食べに参りましたので、
明日は一日必ず片倉殿の言うとおり、儒教の本をお読みなされ。
さすればまた私が今度は旨い饅頭の食える店にご案内いたしましょう。」

「ほ……本当か?」

「ええ、私は梵天丸様と是非饅頭を食いたいと思うております。
ですから、明日は必ず儒教の本を読んで暗唱を聞かせる位して片倉殿を唸らせておやりなされ。
さすれば片倉殿とて梵天丸様のお出かけを止める事もありますまい。」

「よし、梵はそうすることにする。小十郎、覚えておれ、必ずお前を唸らせてやるからな。」

「その意気でございます。」

どうやら勉学の方もやる気が出たようだ。
解らぬ事とは、解らぬ事だから学ばねばならない。
例え今解らなくてもいずれ解る日も来ることだろう。

再び片倉殿に視線を移すとやれやれといった様にこめかみを押さえながら頭を振っていたがやがて


「……仕方ありませんな。そのかわり、今度こっそりと出て行くときには必ず小十郎もお連れ下され。」


と梵天丸様にそう言うと梵天丸様も満面の笑みでそれに答えた。

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