揚羽蝶

□鬼の居ぬ間に命の洗濯(番外)
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「おい、そろそろ起きやがれ。」

「ん……ここは……お前の部屋か。」

目を覚ますと不機嫌そうな顔で睨み付ける小十郎の顔が見えた。
どうやら本当に小十郎の部屋で布団を占領して眠り込んでしまったらしい。

「そうだ。だからあんなに飲むなと言ったんだ、
しこたま飲んだ後に急に静かになりやがったと思ったら、叩いても蹴っても起きやしねえ。
おかげで俺は畳にじかに寝るはめになったじゃねえか。」

「……そうか。私が畳に転がされても良かったんだがな……。
小十郎、お前見かけによらず優しい所があるじゃないか。」

「馬鹿が、そんなんじゃねえ。そんな細え身体だ、風邪でもひかれたらかなわねえ。
俺なら別に畳だろうと、外だろうとそうそう風邪なんかひかねえ。」

「そうだな、お前が寝込むところ等想像もつかん。だが……ありがとう。」

見た目からは想像もつかない親切さを持つこの男に、心の底から礼を言うと
もう一度鋭い視線をこちらに向けた後

「フン。」

と、顔を背けた。
背けた顔は見えないが耳が妙に赤い。
どうやら小十郎は見た目からは想像できない親切さを持ち合わせた上に、
更に見た目からは想像もつかない程照れ症のようだ。

「しかし、お前、軽すぎるぞ。そんなんじゃ戦に行っても刀一つ振えねえ。
そんな腕じゃこの先困る、それに……」

「それに?」

心もち小十郎の耳が更に赤くなったような気がした。

「ん……いや、なんでもねえ。とにかくだ、少し鍛えやがれ。
しかたねえ、梵天丸様の剣術を見るついでにお前も見てやる。」

「本当か?」

守り役ゆえに戦に出る事は少ないが剣の腕では右に出るものなしと言われる程の
剣技を持っているという事は伊達のお屋敷に上がる前から噂には聞いていた。
この男に剣術を見てもらえるとなると、それは相当技術が上がる事を意味するのだ。

「しかたねえだろう、お前がどうなろうが知ったこっちゃねえ、
だが梵天丸様に何かあったら困る。とことん仕込んでやる。」

「おお、怖い怖い。だがお前に見てもらえるとなると私は運がいいな。」

「ついでにそのヘラヘラした根性もたたきなおしてやらあ。」

「期待してるぞ。」






何者にもなる事は出来ない、
女である事も許されない。
そんな私を自分で不幸だと思っていた。
しかし……それ程でもないのかもしれない、この時初めてそう思った。

小十郎と梵天丸様に会えた私は……運がいいのかもしれないな。






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