揚羽蝶
□揚羽蝶1・起点
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「おい……大丈夫か?」
ボンヤリとした視界が徐々にはっきりと景色が映り、最初に飛び込んできた景色は課長が私を覗き込む顔だった。
それが夢なのか現実なのかよくわからないまま課長から視線を移し自分のいる場所を確認してそれが夢ではなく現実である事を悟った。
どうやら応接室の長椅子に寝かされているようだ。
「そっか……女だったんだ。」
まだ夢と現の区別のつかないまま呟いた。
夢の中の人……私なんだろうか?
武将みたいな姿だったからてっきり男かと思っていた。
「おい、何を言っている?」
もう一度声を掛けられて現の世界に戻って来た。
そうだ、急に眩暈がしたんだった。
「あ〜……どうしました、私?」
「俺がわかるわけねえだろう?話している途中にいきなり椅子から転げ落ちた。
救急車を呼ぼうかと思ったがな、どうやら寝ているだけみたいだったからここに運んで様子を見ていた。」
「ああ……。最近夜更かしが多かったから。どうもすいません、迷惑かけて。」
寝ているだけとどうしてわかるのかと突っ込みたい気持ちもあったが、
実際に寝ているだけだったわけだから救急車など呼ばれないで大げさにならずに済んだ事に対ししてそうに礼を言うと課長は眉間に皺を寄せた。
「知らないと思うなよ、お前ここのところずっと夜中まで残業してたろう?」
「……おかしいな、誰もいないはずだったんですけどね。」
「誰もいなくてもそれくらいはわかる。管理してるのは俺なんだからな。」
さすがは出来る男だ。
知らない振りして知っているという事なんだろう。
考えようによってはいやらしい奴だと思わないでもない。
「さすがです。でもなんていう事ないと思っていたんですけどね。気付かないうちに寝不足っていうのは祟るもんですねえ。」
「あまりふざけた事を言ってるなよ、だから言ったろう。できる仕事、できない仕事はきちんと分けろ。できない仕事があったところでお前の評価が変わるわけじゃない。」
「まあ、そうですよね。それほど仕事のできる人間っていうわけじゃないですから今更少し無理をしたところで何が変わるっていうものでもないですからねえ。」
確かにその通りだと思い、課長の言った事を素直に受け入れると課長は少し目を細めて睨み付けるようにこちらを見た。
「なんです?」
「いや、なんでもない。無理はするな、だが過小評価もあまり褒められたことじゃない。覚えておけ。」
「?」
「そろそろ上着を返してもらってもいいか。」
気付かずにずっとそのままになっていたが私の身体の上には課長の上着が掛けてあったらしい。
慌ててかけてあった上着を持ち上げてシワがないかを確認するとその上着をひったくるように奪い、その場で課長は上着を着た。
もしかしたら寒かったのかもしれない。
「あの……すいません。」
「別にかまわない。具合の悪い人間になにも掛けずに放置するほど冷淡な人間だとは思われたくもないんでな。」
「ああ。」
ここでこの相槌は良くなかったらしい。
課長は面白くなさそうにこちらを一瞥すると
「もう少し休んで何とかなりそうなら仕事に戻れ。無理そうなら帰っていい。」
それだけ言うと応接室を出ていった。
冷淡な人間ではないかもしれないけれど……
「ハートフルな人でもないだろ。」
そう独り言を言ってまだはっきりとしていない頭を2、3度振って私も立ち上がった。
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