長編用

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大学へ進学した。
都内の大学にしたから実家暮らしなのは変わらず、高等部も電車通学だったから満員電車に揺られるのも変わらない。
それでもやはり高等部とは違うことも多くて、はじめはバタバタと毎日を過ごしていた。
落ち着いてからはもちろん、結婚式の準備。
式場も決めて、ドレスやタキシードも決めた。
注文していた結婚指輪はとうに受け取っていて、ずっと太郎さんが保管していてくれた。

「誓いますか?」

日本人の神父さんの言葉が響く。
あれだけ神様に文句を言っていたのに、結局神前式にした。
それも神父役のアルバイトじゃなくてちゃんとした神父さんを呼んで。

「誓います」

誓いの言葉を述べて、二人で向かい合う。
太郎さんがベールをあげてくれて、誓いのキスをした。

最初、太郎さんは海外でするか?とか豪華客船貸しきりでどうだ?とか言い出してちょっと引いた。
生まれ変わって四十年というのはやはり長かったのか、金銭感覚はまるっきり変わってしまっているようだった。
式の費用は全部太郎さん持ちだとは言え、うちは本当に普通のサラリーマン家庭だから、結婚式に来た親戚が困惑するからやめてください。とお願いした。
いわゆる一般の結婚式場であげることには決定したけど、ケーキや料理、引き出物は太郎さんが勝手に決めだしたから、きっとすごく…いや、確実にすごく高価なものになってしまっているんだろう。
太郎さんの親族に失礼にならないよう配慮しなきゃいけないことも理解しつつ、でも私としては静かな結婚式で良かったのだ。
別に神様に誓う前から私は太郎さんと生きることを決めていたのだから、今更誓いなおすこともない。
それに、神様が認めなくても、私は太郎さんしか選ばない。

「恵子」

太郎さんが囁く。
左手を差し出せば、薬指に結婚指輪をはめてくれた。
私も彼の薬指に結婚指輪を通す。
やっぱり太郎さんに似合う。
穏やかな表情の太郎さんを見上げる。
幸せそうでよかった。
きっと今日は生まれてから今までで、一番幸せな日だ。





式場に隣接したホテルに今日は泊まる。

「はあー、疲れたー」

重たいドレスをやっと脱いで、とりあえずベッドに倒れこんだ。
太郎さんはネクタイを緩めている。
うわー、なんかすごく色っぽい。
見てるこっちが恥ずかしくなるくらい。
ドキドキしながら見ていると、目があってニヤリと笑われた。

「どうした?」
「え、いえ、なんでもないです…」

目をそらす。
絶対わかってるくせに。
ギシ、と音がしてベッドが沈む。
え、と思っている内に、上に乗られて、耳元に太郎さんの吐息があたる。

「そんな格好で、誘っているのか?」
「ち、違います!」

慌てる私をよそに、太郎さんは笑っていた。
すぐからかってくる…
膨れていると頬にキスされて、ベッドから起こされた。

「一緒に風呂に入ろう」

恥ずかしくて抵抗する私を連れて、太郎さんは脱衣室の扉を開けた。





ベッドに二人で横になる。
疲れからまぶたが重い。

「ありがとう、恵子」
「どうしたんですか?」

太郎さんが優しく頭を撫でてくれる。
布団の下では肌が直接触れあって暖かい。

「まだ夢のようだ…」
「夢じゃありませんよ」

夢じゃない。
前世のことも、生まれ変わって出会ったことも、今こうして一緒にいることも。
初めて出会ったとき、ただの教師だった人に突然口付けられて、頭がおかしいと思った。
自分の頭もおかしいと思った…
でも太郎さんと話す内に前世のことを理解して、思い出したくない理由もわかった。

「太郎さんと学校でキスしたの、今でも覚えてる」
「ファーストキスだったんだろう?」
「そうですよ、もう…」

太郎さんは嬉しそうな声だ。
段々と知る太郎さんのいろんな顔に惹かれていった。
生徒の前でする冷たそうな顔、私だけに見せる優しい笑み。
それから、私にすがるような目も、赤く染まる頬や首筋も、綺麗な長い指も、全部好き。

最近は前世のことがフラッシュバックするのにもだいぶ慣れた。
とは言ってもそんなに多くあることじゃないんだけれど。
思い出したくない記憶もたまに混じるが、ほとんどが太郎さんと過ごす日々ばかりだ。
梅の花を見に行ったり、二人で庭を駆けたり、ダンスの練習をしたことも。
それから幼い頃に結婚の約束をしたことがあったことも。
太郎さんが話してくれていない記憶まで蘇ったりする。
けれど太郎さんが死んでしまった後の記憶は思い出さなかった。
私も後を追って死んだのか…他の男との結婚を受け入れたのか…今はもう分からないし、知りたくもない。

「これからは二人で生きていこう」
「はい」
「ずっと、ずっと…」
「生まれ変わっても…」
「そうだな」

まどろむ意識の中で、太郎さんが微笑んでいることはわかる。
結婚したばかりでもう来世の話をするのはおかしかっただろうか。
でも生まれ変わっても、きっと私はこの人を探すだろう。
例え覚えていなくても、どんなに姿が変わっても、私の一番大切な人だから。

「明日から新婚旅行だ。今日はもうおやすみ」

額に落とされた口付けが心地よい。
もう重たいまぶたは上がらない。

「私を受け入れてくれて、ありがとう」

太郎さんの声が頭に響く。
ありがとう…
私を見つけてくれて、ありがとう。

まどろむ頭に今までのこと、前世のことが駆け巡る。
あなたと初めて出会ったとき
二人で庭を駆けたとき
ダンスの練習をしたとき
音楽室で密会をしていたとき
授業中、あなたの美しい指ばかり眺めていたとき
二人で夕日を見たとき

きっと私達、今までも出会いと別れを繰り返しながら何度も生まれ変わってきたんだね。
そしてこれからも繰り返していくのだろう。
神様とか赤い糸とか、何を信じたらいいか分からなくなる時もあるけど…私は自分の選択を信じたい。
いつでもこの人の隣に並ぶこと。
この人を幸せにすること。
太郎さんの抱えてきた悲しみや苦しみを癒せるかはやっぱりわからない。
それでも幸せにしてあげたい。
諦めたりしない。
神様がしてくれないなら、私がこの人を幸せにするんだ。
太郎さんが私を待っていてくれて、見つけてくれた。
今度は私がいつも太郎さんの幸せを探してあげよう。
どんなときでも、二人並んで笑える日が続くように―――。





end.

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