長編用

□12
1ページ/1ページ


教室の窓から空を眺めた。
綺麗な青空が広がっている。
椅子から立って廊下へ出れば、長太郎くんに会った。

「まさか監督だったなんて思わなかった」
「そうでしょうね」

秋に太郎さんと歩いているところを見られてから、長太郎くんとは学校ですぐにその話をした。
中学の頃から話していた私の大切な人は太郎さんなのだと話せば、彼はすぐに納得したようだった。
いつも遠くを見ているような気がしていた。と言われて、私も納得した。
いつも太郎さんばかり探していた。
跡部先輩やテニス部の面々に悲鳴をあげる友達の気持ちをわかることができなかった。
太郎さんとの関係や、彼と話す内に時たま蘇る前世の記憶は、少からず中学時代の私を歪めていたようにも思う。
すがるような瞳に胸焦がれていたなんて、誰にも言えない。
太郎さんにだって言っていないもの。

「もう一緒に廊下を歩くこともないだろうね」
「そうね…今までありがとう」
「うん、ありがとう。これからもたまに連絡するよ」

うん、と返す。
今日は卒業式だ。





卒業式も無事に終えてもう一度教室へ戻った。
担任からはなむけの言葉があって、それからみんなで教室を後にした。
三年間通ったこの学校ともこれで本当にお別れ。
中等部の時はほとんどの生徒がそのまま高等部へ上がるだけだったけど、今回はそうもいかない。
みんな離れ離れになる。
都内を離れる友人も少なくない。
クラスの友達とまたみんなで集まろうと約束して、生徒会のメンバーとも話す。
結局三年間生徒会の仕事に携わった。
楽しくて、充実した三年間だった。

名残惜しかったが友達数人と校門へと向かう。
このまま遊びに行こうと誘われたけど、断った。

「ねーどうしても無理?」
「うーん、ごめんね」

苦笑いして謝る。
遊びに行きたい気持ちもあるけど、仕方ない。

「どうしても外せない約束があって…」
「あ!もしかして…噂の彼氏?」
「なにその噂の彼氏って」
「恵子って誰に告白されても断るから、実は彼氏がいるって噂」

そんな噂されてたのか…
間違っていないだけに返答に困る。
さすがに友達には結婚することをいつまでも秘密にしておきたくないし。

校門へと目を向けると、なんだか人だかりができていた。
ざわざわと騒がしい。
なんだろう。
去年の跡部先輩の卒業式はそりゃぁもうド派手ですごい騒ぎだったけど、今年はそんなことをする人はいないと思うんだが。
人だかりに近付いていくと段々校門が見えてきた。
ふとその校門の前に停められた車が目に入る。
驚いた。
あの車…見間違えるはずがない。

「あれ?あの車…」

友達も気付いたようだ。
中等部の卒業生ならほとんどが覚えているだろう。
高級車の運転席のドアが開いて、予想通りの人が下りてくる。
しかも薔薇の花束を抱えて。

「ごめん、また連絡するね」
「え?恵子?嘘…嘘でしょ!」

友達がみんな驚いて、悲鳴をあげている。
人だかりをかき分けて車へと歩く。
太郎さんは車の前で花束を抱えたまま、私を待っていた。

「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」

花束を受け取ると、彼は代わりに私の鞄を持ってくれた。
黄色い悲鳴がずっと響いている。
太郎さんは私の腰に手を添えて助手席までエスコートしてくれた。

「こんなことして大丈夫なんですか?」
「もう我慢しなくていいだろう」

卒業したからもう高校生じゃないし、そもそも婚約者だし、そうなんだけど。
太郎さんが助手席の扉を開けてくれて、私が乗り込む直前にこめかみにキスが落とされる。
周りからは一層大きな悲鳴があがった。

「太郎さん…」
「早く乗りなさい」

太郎さんは満足げに笑んでいる。
助手席に乗り込んでシートベルトを絞めると、太郎さんも運転席へ乗った。
車を出して学校から離れていく。
抱えている大きな花束が車の振動で跳ねる。

「あーもう、ビックリしたー」

はあと息をつくと、太郎さんは隣で笑いだした。

「笑いすぎですよ」
「いや、しかし…人前ではあんなに涼しい顔で私に近付いて来たのに、」
「だから笑いすぎですってば」

そりゃ人前では涼しい顔しますよ。
太郎さんの隣であたふたなんてしてられない。
この人の隣にいてお似合いだって言われたいんだから。
でもみんなビックリしただろうな…

「あ、あーあ…」

ポケットのスマホが震えて、出してみたらそこから通知が止まらない。
開いてみればクラスのグループラインに先ほどの私と太郎さんの写真。
それから男子の困惑する声と、女子の悲鳴と説明を求める声。
こういうときは女の方が順応力が高い。

「今年の卒業式は私達の話題で持ちきりですね」
「そうだろうな」

笑いは収まったのか、涼しい顔して運転をしている。
太郎さんのする事はいつも突然すぎて敵わない。
いつも私を喜ばせてくれる。

「私の家に着替えを用意してある。それに着替えて、このまま出掛けよう」
「え!」
「お父さんとお母さんにも承諾はいただいている」

大学に合格したところで、父は私と太郎さんの結婚を正式に了承してくれた。
渋々感はまだ否めないけど。
でも三年間問題なく付き合ってきたことや、大学受験への私の本気を見て諦めたようだった。

窓の外に流れていく景色を眺める。
特に代わり映えもしない普通の景色なのに、なんだかキラキラと輝いているように見えた。
今日が卒業という特別な日だからか、大切な人の隣だからか、今の私にはどちらでもよかった。

「私、あなたに会えて本当に幸せ」

太郎さんを見れば、彼も目を細めていた。
きっと明日からの毎日も輝いている。
身を乗り出して太郎さんの頬にキスすれば、彼は照れたように笑った。





next.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ