長編用

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木々の葉が段々と色づき始め、季節の移ろいを感じさせる。
最近では朝晩はだいぶ冷えるようになってきた。
でも今日は気合いを入れてスカート!
流行りの長めの丈で、彼に合わせて落ち着いた印象のコーディネートにしてみた。
好きな人の隣に並ぶことを考えながら服を選ぶのは楽しい。
太郎さんは服のこととかを別に褒めてくれたりしないんだけど、やっぱり可愛くいたいし、隣にいて胸を張れるような姿でいたい。

「寒くないか?」
「はい」

昼間は陽が当たれば暖かい。
でも風は随分と冷たくなってきた。
そうか、と返す太郎さんの左手を両手で握ってみた。
薬指にはお揃いの婚約指輪。
それが指に当たるのがなんだかむずがゆい。

「冷たい!」
「少し冷え性なのかもしれないな…冷たいなら放しなさい」
「えー…あ、こうしたらあったかいですよ」

太郎さんの左手と自分の右手を繋いだまま歩く。
ニヤニヤと頬が緩みそう。
太郎さんは照れ臭いのか少し困っているようだった。
梅見の時以来たまに手を繋いで歩くけど、私から手を繋ぐと太郎さんはその度に照れている。
自分から手を繋ぐのは平気なのに…かわいい。

プロポーズの後、太郎さんはもう一度私の両親に挨拶に来てくれた。
今度は結婚の挨拶。
お父さんは案の定カンカンだったけど。
でも勉強の方は順調で文句がつけられなかったみたい。
無事に大学に受かった後なら結婚してもいいとなんとか約束を取り付けた。
まぁその、許してもらえないなら駆け落ちしてやるとか、お父さんとは縁を切るとか…だいぶ嫌なやり方をしてしまったけど…
でもそのおかげで今はただの恋人じゃなくて、婚約者になれた。
まだまだ受験勉強は忙しいけど、たまには太郎さんと二人で出掛けるのも許してくれている。
太郎さんのご両親にも挨拶を済ませたし、あとは本当に大学に合格するだけ。

「指輪、楽しみですね」

今日は結婚指輪を見に来ていた。
つい先ほどジュエリーショップでデザインを選んで、注文してきたところだ。
結婚式の話も進めている。
志望大学の合格ラインにも達しているし、高校さえ卒業してしまえばすぐにでも結婚したいつもりでいる。
まぁさすがに万が一のことを考えて式場の手配まではしていないけど。

「あんなにシンプルな物で良かったのか?」
「え、嫌でした?」
「私はあれが気に入ったが…もっと派手なものを選ぶかと思っていた」
「あれが良かったんです。シンプルだけど可愛かったし、太郎さんにも似合ってたし」

それに太郎さんがあんまり派手な結婚指輪してるのを想像したら、なんかちょっと笑っちゃう。
太郎さんがピアノを弾くとき、授業をするとき、邪魔にならない方がいい。
ずっと身につけていてほしいもの。

人混みの中を手を繋いだまま歩いていく。
今日は結婚指輪を見に来るのが目的だったから、ここは都内だ。
都内を二人で歩くのは初めて。
でも今までどこに行っても知り合いに会わなかったし、これだけの人混みなら知り合いに見つけられることもまず無いだろうと思っていた。
だから聞こえた声に、心臓が飛び上がった。

「監督と…恵子ちゃん?」

そのまま通りすぎてしまえば良かったのに、私は視線を上げてしまった。
目があった相手は、鳳長太郎だった。
それから、長太郎くんの後ろにいる元テニス部の面々。
最悪だ、卒業した先輩たちもいる。

「…お前たち、久しぶりだな」
「はあ…そうですね。今日は後輩も高校テニスを引退したんでパーっと遊ぼうかと」

忍足先輩が苦笑しながら答える。
他の人達はみんな固まっていて動きもしない。
生徒会役員の仕事をしていたから、先輩たちも私の顔を見たことくらいあるはずだ。
手も繋いでるし、言い訳のしようもない。

「彼女なの?」

芥川先輩が言った。
この人は本当に、空気が読めないのか、読め過ぎるのか、なんかもうよくわからない。

「お前たちにはまだ話していなかったな」

繋いでいた手が離されて、代わりに肩を抱かれた。

「婚約者だ」

太郎さんは堂々とそう答えた。

「えーーーーー」

太郎さんと樺地くん以外全員の声だ。
ちなみに私も叫んだ。

「お前まで叫んだら嘘だと思われるだろう」
「え、あ、だって、まさか本当のこと答えるとは…」
「こそこそする方が怪しい」

確かに…
一応だけど両家の親にも承諾を得ているのだし、別にもう教師と生徒じゃないし、後ろめたいことはないのかもしれない。
でも今まで知り合いに会わないようにしてきたのは、少なからず世間体が悪いからだ…

「監督良かったねー」

芥川先輩だけが無邪気に笑っている。
忍足先輩も楽しんでいるような顔だったけど、それ以外はみんな信じられないというような顔だった。

「あまり遅くまで遊んで羽目を外しすぎないようにな」

太郎さんはそう残して、私の肩を抱いたまま歩き出した。
いつもよりずっと早く歩くから、私はついていくのに必死で顔色を伺う暇もなかった。





太郎さんの家について、部屋に入るとすぐ彼はソファへ腰かけた。
私もその横に腰かける。

「疲れたな…」

溜め息をつく仕草も色っぽい。
太郎さんが私の左手を撫でる。

「嫌になったか?」
「え?」
「きっと、結婚するときも周りはあんな反応ばかりだぞ」

目を伏せて静かにそう言われた。
また傷付けてしまったのだろうか。

「今日は突然だったから驚いただけですよ」
「だが…たまに考えるんだ。もし私が前世のことを覚えていなかったら、もしあの時君を抱き締めていなかったら…きっと私達は結婚しようなどとはならなかっただろうし、君はもっと若い男と結ばれていただろう…」

太郎さんは私のことを本当に大事にしてくれる。
だけど大事にしすぎて、悩んでいたのかもしれない。
確かに、確かにそうだ。
きっとあの時、太郎さんが私を見つけなかったら…抱き締めて口付けなかったら、この関係は始まらなかった。
でも信じたい。
太郎さんが前世のことを覚えている意味、私を未だに愛してくれている意味、私が太郎さんに惹かれた意味。

「確かにそうだったかもしれない。でも、太郎さんは前に言ってくれたでしょう。今を生きている私を愛しているって。私も今の太郎さんが好き。前世が関係ないとは言わないけど、私は私の意思で太郎さんと生きることを選んだ」

周りが何を言おうとどうだっていい。
理解されなくたっていい。
半端な気持ちで結婚なんて考えていない。
それに…

「それに、お見合いの話が来たときに決めたんです。絶対に太郎さんを放してあげないって」

太郎さんの手をぎゅっと握る。
絶対にこの手を放さないって決めたんだ。
四十年、彼はずっと私を探してくれた。
どこにいるのかも、生きているのかもわからない私を、ずっと。
そのすべてを受け止めること、癒すことができるかはわからない。
それでも、私はこの人を幸せにしてあげたい。
一緒に生きていきたい。

「だから今更逃げようとしても遅いんですよ」

へへ、と笑えば、太郎さんも笑みを溢した。
愛しいこの人を放したりしない。

「すっかり強い女になってしまった」
「え、嫌ですか?」
「尻に敷かれそうだ」

太郎さんが口の端を吊り上げてふっと笑う。
嫌じゃなさそう、よかった。
そもそも尻に敷くつもりもないけど。

「彼等とは同じクラスでは無かったな?」
「はい、長太郎くんは隣のクラスだからよく会いますけど…あとは全然」
「そうか」

平気そうな顔をして話していたくせに、やはり心配してくれている。
長太郎くんに会うのは気まずいな…
でも大丈夫。
私には太郎さんがいる。

「私、絶対に大学に受かりますから」
「ああ、楽しみにしている」

太郎さんはいつも微笑んで私を見守ってくれる。
絶対、絶対大学に受かる。
そして太郎さんと結婚するんだ。
誰になんと言われようと、この人は私が幸せにする。





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