長編用

□08
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先生と出会って、前世のことを知った。
前世では大層お金持ちの家に育ったらしいが、今はごく一般の家にいる。
先生が前世と違ってお金持ちの家に生まれたのは、先生自身が願ったことだと聞いた。
身分の違いから引き裂かれたから、今度は何があっても私を守れるようにとそう願ったらしい。
それならば、私が平凡な家庭に生まれたのは、前世の生まれを恨んでのことか、身分の問題や金のやり取りに巻き込まれたくなかったからか―――。



先生に指輪をもらってから、私はずっと考えていた。
この先のことを。
冬の訪れと共に決意も固まりつつあった頃、私は両親に話があると呼ばれた。

リビングへ入ると、なんとなくいつもとは違う両親の雰囲気に眉をひそめた。
いつも自分の座る椅子に腰かけると、父が口を開く。

「恵子、父さんの会社に間渕さんという青年がいてね」
「うん?」
「父さんとは違う課にいるんだが、彼はすごく優秀で、若いのに課長を務めているんだ」

間渕さんの事は初めて聞くわけじゃなかった。
お父さんは酔っ払って帰ってくるとよく間渕さんと飲んできたとか、いい人だとか言っていたから。

「この先も出世するのは間違いない男だ」
「そう…それで?」
「…彼にお前の写真を見せたら、えらく気に入ってくれてね」

そこまで聞いて、私は既に絶望していた。
運命は、変えられないものなのか。
神様はいつだって、私と彼の幸せなんて望んでくれないのか。

「会ってみたいと…まぁ、要するにお見合いをしたいと…」

父はとても言いづらそうだった。
最後には目を合わせることもせず、俯いて喋っていた。

「それは断ったらどうなると思う?」
「…いや、間渕さんはそれで私と手を切るような人ではないと私は思っているよ」
「…それでも断りづらい?」
「お前に何か理由があるなら断ってくれていいんだ。ただ、理由がないのなら、是非会ってみてほしい」

お母さんを見ると、視線を合わせてから、視線を下ろした。
ただ視線を反らしたのではなく、何かを見つめているようだった。
そこでふと気付く、ああ、母は机の下で握られている私の左手を見ているのだと。
そこには、指輪が光っている。

「お父さん、理由はちゃんとあるの」
「…そうか」
「私、お付き合いしている人がいるの。結婚も考えてる」

お父さんは驚いているようだった。
こんなに鈍いとは思わなかった。
週末、いつもどこに出掛けてると思っていたのだろう。
お母さんは多分、気付いていただろうに。

「高校を卒業したら結婚したい。だから進学もしないつもり。これはずっと前から考えていたことよ。今考えて言ってるんじゃなくて」
「進学しない?お前そんなことを考えていたのか!」

父がこんな風に怒るのは久々に見た。
怒られるようなことをあまりしなかったからか、耐性がないものだから、びくりと体が震えてしまった。
でも、負けられない。
これは私が決めたことだもの。

「そろそろ2年のコースを決める時期になる、だからずっと考えていたわ。担任には進学コースを勧められたけれど、断るつもり」
「何を勝手なことを!学生の恋だけで人生を棒にふるつもりなのか?」
「二人とも落ち着いて」

お母さんの声にピタリと言い合いをやめる。
母はにこりと微笑んだ。

「母さんね、ずっと知っていたの。あなたが中学の頃から少しずつ変わってきたこと」

…母親って怖い。
自分が思っていた以上に、見られていたらしい。

「その人、歳上でしょう?」
「…何で知ってるの?」
「車で帰ってくるから」

暗くなるまで一緒にいた後、車で家の近くまで送ってもらうこともあった。
数えられる程度だったのだが…

「一度家に連れてきなさい」
「え…あ…それは…」
「無理なの?」
「…無理っていうか、その…二人とも驚くと思うし…」
「…それはどういう意味だ?」
「…すごく歳上だから」
「…恵子、青少年保護条例を知っているか?」
「お父さん、東京都は真摯な交際関係にある場合は含まれない、と決めているんだけど?」
「相手がお前をどう思っているかなんて分からないだろう!」
「彼は本気で私を愛してくれてる」
「それなら連れてきなさいよ」

母の言葉に口を閉じる。

「本気で愛してくれていて、結婚するつもりでいるのなら、いつかは挨拶に来るものだわ。今来るのが嫌なら、その彼はきっと一生挨拶になんて来るつもりはないわ」

母の言葉は間違っていないだけに、反論のしようがなかった。
父はまだ険しい顔をしている。
なんとか出てきた答えは、情けないものだった。

「彼に話してみます…」

今のこと、将来のこと、それから前世のこと…色々な事が頭を駆け巡る。
神様を恨むしか、私にはできなかった。





もともと太郎さんの家にお邪魔するという約束があって、彼に会ったのはあれから二日後。
私は中々切り出せなかったのだが、明らかにおかしな態度の私を見て、彼は心配してくれた。

「私では頼りないか?」

そう言って太郎さんは悲しそうに笑う。
こんな顔をさせてしまっていることに胸が痛む。

「…お見合いの話が来たんです」

太郎さんは泣くだろうか。
意外と泣き虫だから、泣くかもしれない。
そんな風に思っていた。
でも彼の顔を見ることはできなかった。
泣くか見る前に、きつく抱き締められてしまったから。
耳元で聞こえる浅い息。
すがるように抱き締める腕。

「大丈夫よ、断りましたから」

広い背中を撫でる。
落ち着かせるようにゆっくり、ゆっくりと。
段々と抱き締める腕から力が抜けていく。

「ごめんなさい、驚かせて…」

どれくらいそうしていただろうか。
ようやく彼は落ち着いたようで、私の頬にキスをしてきた。
ちゅ、と音がして離れていき、見つめあう。

「あのね、お見合いは断ったの。でも困ったことになってしまって…」
「困ったこと?」
「お付き合いしている人がいて、大学へは行かないって言ったら、その男を連れてこいって…」

太郎さんは驚いた顔をした。
でもその驚きは私の予想していたものとは別のものだった。

「大学へ行かないつもりだったのか?」
「え、えっと…」

氷帝学園の卒業生のほとんどが大学へ進学しているのはわかっている。
だから両親も当然進学するつもりだと思っていたわけだし…

「だって、それは…」

太郎さんが不思議そうな顔をして私を見ている。
えー…少しショック。

「先生が、結婚を前提に付き合うって言ったから…」

顔が熱くなる。
女にこんなこと言わせるなんて太郎さんはずるい。
何も言わない太郎さんを見上げると、みるみるうちに顔が赤くなっていった。

「す、すまない…」
「バカ」
「いや、しかし…結婚して大学へ行けばいいと思っていたから、まさかそれで進学を諦めるとは思わなかった」
「え?」

結婚して大学へ?

「そんなことできるんですか?」
「…学生結婚というのがあってだな…」

太郎さんはちょっと呆れ気味だった。
ため息を吐いて、額に手を当てる。
ああ…その仕草すごく色っぽい。

「とにかくそういうことなら進学しなさい。結婚してうちから通えばいい」
「いいんですか?」
「君のやりたいことには私も最大限協力したいと思っている」

太郎さんの手が私の手を握る。
素直に嬉しかった。
結婚してすぐに主婦になるものだと思っていたし、やりたいことと言われても具体的に見つかっているわけじゃないけど、嬉しい。

「ありがとう、太郎さん」

思いっきり抱きつけば、優しい手が頭を撫でてくれる。
目を閉じて先生の香りを吸い込む。
ずっとずっと、このままこうしていたい。
神様がそれを望んでいないとしても、私は諦めたりしない。
この人を手放したりしない。
絶対に。





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