長編用

□07
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氷帝学園高等部へ進学してはや半年。
季節は秋も深まり冬へ向かう。
中等部で生徒会役員だったこともあり、高等部へ上がってすぐに生徒会の勧誘がきた。
断る理由もなかったので受け入れ、勉強や生徒会の仕事に追われる毎日。
太郎さんも夏まではテニス部が忙しくて、最近やっと落ち着いて会えるようになってきた。
少しの時間でも二人で過ごせるなら幸せだった。
正直私の頭の中は、太郎さんと勉強と生徒会の事でいっぱいだった。
だからまさか、こんな事が起こるとは全く思いもよらなかったのだ。

「ごめん、困らせたいわけじゃないんだ」

長太郎くんが苦しそうな顔で呟く。
いつもの爽やかな笑顔からは想像もつかない姿だった。

「でもクラスが離れて…これだけ大きい学校だから、もう話もしなくなると考えたら…伝えておきたくなって」
「うん…」
「ごめん、分かってるんだ…恵子ちゃんに好きな人がいて、それが俺じゃないことも」

ダンスパーティーの記憶が甦る。
ああ私、あの時確かにそう言っていた。
気を使わせてしまったと思っただけだったけれど、彼はあの頃から私を好いてくれていたのだろうか。
それなら私は随分と酷いことをしていた。

「ごめん、本当にごめん…」
「謝らないで…長太郎くんは悪くないよ」
「でもこんなの、俺のエゴだ」

今にも泣きそうな顔で、彼は吐き捨てるように言った。
私は先生といるのが幸せで…
その事で誰かが傷付くというのは、今までだって知らなかったわけじゃない。
知らない男子生徒に告白された事があって、その度に彼等を傷付けたし、先生だって女子生徒からの想いを卒業式の日、断っていた。
生きていく上で当然起こり得ることなのだろうし、今までだってそれを受け入れてきたのに。
でも友人からの告白は初めてだった。
親しい友人を傷付ける…いや、傷付けてきたのだという事実を前に、私は何も言えなかった。





その夜、私は先生に電話をかけた。
本当は直接会いたかったけれど、わがままを言って迷惑をかけるのは嫌だったから。

「君から電話なんて珍しいな」
「ちょっと色々あって…話をしたかったの」
「そうか」

優しい声が耳元で囁く。
それにすごく安心した。

「長太郎くんにね、告白されたの」
「…鳳に?」
「そう。彼も私に好きな人がいるのは分かっていたから、伝えたかっただけ、って言われたけど…ビックリして何も言えなかった…友達でいたいのに、どうしたらいいんだろう」

先生から返事がなかった。
どうしたのだろう。

「先生?…どうしたの?太郎さん?」
「…すまない、少し考え事をしていた」
「そう…」

正直、傷付いた。
今まで太郎さんが私の話を聞いてくれないなんて無かったから。
当然のことのように感じていた。
話を聞いてくれるのも、私を愛してくれるのも。

「ごめんなさい、忙しい時に」
「いや、そうではなくて」
「いいの、私のことは気にしないで。お仕事頑張ってね。それじゃ」

早口にそう言って電話を切った。
胸がドキドキと音を立てる。
すごく嫌な言い方をしてしまった気がする。
どうしよう…
太郎さんが私を好きなのは絶対に変わらない事なのだと思い込んでいた。
でもそんなの、人の気持ちなんて…変わるのが当たり前なのに。
本当に忙しかったのだろうか。
それとも私の話を聞く気にならなかっただけなのか。
頭がぐるぐるしてきて、私はベットに身を投げた。
安心したくて電話をかけたのに、もう何が怖いのか分からないけど、とにかく怖くて苦しくて、辛くなった。
こんなことなら、電話なんてしなければ良かったのに。





それから1週間、長太郎くんとは時折学校ですれ違う。
その度に彼は笑顔を浮かべるのだけれど、私は自分が上手に笑えている自信はなかった。
長太郎くんとは友達でいたい。
そう思っているのは私なのに、自分でその関係から遠ざけてしまっている。
もう少し時間が必要なのかもしれない。
でも悩みはそれだけじゃない。
先生から連絡が全く来ない。
元々私から連絡することは少なくて、彼からマメに連絡をくれていたのに…
1週間連絡が無いなんて初めてで、戸惑っている。
自分から連絡すればいいだけなのに、前回のやりとりを考えてしまって、できなかった。
私は彼の中で絶対的な存在なのだと信じていた。
でも、前世とは違う私に失望していたら?
生まれ変わってから四十年、彼はずっと私を探していたのだ。
それだけに私と昔の私との違いを、彼は受け入れられないかもしれない。
そもそも、何が同じで何が違うかも私には分からないのだ。

図書室で課題の調べものをしていると、机に置いてあった携帯が震えた。
メールを開いて、すぐに窓に歩み寄る。
校門で待っている、とだけ書かれたメールと、そこに見えるいつもの車。
私は慌てて本を片付けて荷物を持った。
図書の先生も、廊下で会う先生もみんな走るな、って怒ったけれど私は止まることなく走り続けた。
靴を履き替えて校門までたどり着く。
車で登校する生徒も少なくない学校だから、門の前に高級車が停められていても野次馬が集まることがないのは救いだった。
ここに通っているのはほとんどが氷帝学園中等部の卒業生だ。
当然先生のことも知っている。
それなのになぜ、こんなことを…
この車に乗るのは初めてではないのに、ドアを開けることに酷く緊張した。

「…走ってきたのか」

少し驚いた声。
上がる息を整えながら、私は答える。

「だって…ビックリして…」

車が動き出して、慌ててシートベルトを締めた。
先生の表情を伺ったけれど、私には何を考えているのか全く分からなかった。
…知らないことばかりなのだと、今更痛感する。
こんなに、こんなに愛しているのに…



先生の家に着いて、車を降りる。

「恵子、おいで」

促されて先生の後を歩く。
いつものようにメイドさん達が笑顔で私を迎えてくれた。
大きな階段を上がって先生の部屋へ入る。
先生がソファに座ったので、私もその隣に座った。

「…すまない、突然連れ出して」
「いいの、会いたかったから」
「そうか…」

先生が目を合わせてくれないことに、少なからず不安を抱いた。

「…太郎さん」

先生の膝へ手を置く。
そこでやっと彼は私を見てくれた。

「恵子、渡したい物があるんだ」
「なに?」
「…嫌だったら、受け取らなくていい」

先生が取り出したのは、小さな黒い箱だった。
ドラマで見たことがある。
先生がゆっくりと箱を開けると、そこには予想通りのものが入っていた。

「恵子…無理して受け取ることはない…」
「ちが、違うの…」

溢れる涙を拭う。
箱の中で輝くリング。

「私、嫌われたんだと…」
「は…そんなはずないだろうっ」
「だって…だって、あなたの知ってる私を、私は知らない…ねえ、ちゃんと同じ?私に失望してない?」

涙の向こうで、先生は困ったように笑った。
先生が私の左手を取って、薬指に指輪をはめる。

「恵子、確かに私は前世から君を愛している。けれど君と彼女は全く同じじゃない。生まれも育ちも違うのだから当然のことだ」

先生の手が、私の頬を撫でて涙を拭う。

「でもそれは私も同じことだ。前世とは全く違う生き方をしてきた。君と過ごした私と同じではいられない。それでも君と出会って、また恋をしている。信じてほしい…今を生きている君が愛しいんだ。恵子、愛している」

ぼろぼろと溢れる涙は止まらない。
この1週間、不安で堪らなかった。
出会ったときは意味が分からなかったけれど、今はちゃんと分かる。
私はこの人が好きで堪らないのだ。
愛しくて堪らないから、太郎さんのことを想うと切なくなるし苦しくなるし、幸せにもなれる。

「指輪を、受け取ってくれるか?」
「はい…私、嬉しい…」

いつの間に測ったのか、サイズはピッタリだ。
シンプルだけど美しい指輪が、薬指で輝く。

「…でもどうして、連絡くれなかったんですか?忙しかったの?」
「ああ…それは、すまなかったと思っている…その、鳳に…嫉妬した」
「え?」

先生は目を反らしてモゴモゴと話す。

「…鳳は…」
「うん?」
「…前世で君の婚約者になった男に、似ていて…」

同じじゃないとは分かっているけれど、と先生は呟いた。
ああ、また頭が痛い。
思い出したくない…

「太郎さん」

私はすがるように彼に抱き付いた。
遠い記憶の中、優しげに笑う男が、私に向けて手を伸ばしているような気がした。
それが太郎さんじゃなかったから、怖くて…

「私も…私も今のあなたが好き」
「恵子…」
「愛してる…」

キスをして、お互いを強く抱き合う。
先生の温もりに安心する。
大丈夫、大丈夫…
私達は今この時を生きていて、愛し合ってる。
もう何があっても、離れたりしない―――。





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