長編用

□06
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氷帝学園中等部で迎える四度目の春。
一度目の春には、先生に突然キスされた。
二度目の春には、まだ先生と話すこともなかった。
三度目の春には、唇を重ねる事が当たり前のように思えた。
そして今日、私は中等部を卒業する。

卒業式も終わって、友達や生徒会の仲間と沢山の話をして、私はこっそりその輪から抜け出した。
友人も数人、輪から抜け出してはブレザーの第2ボタンを貰いに行ったりしていたので、抜け出すこと自体は簡単だった。
後で言い訳はしなきゃいけないけど。
特に生徒会長は勘がいいから困る。

三年間お世話になった校舎を回りながら、目指す場所はもちろん一つだった。
窓から眺める景色も、今日で見納めかと思うとそれだけで何だか輝いて見えてくる。
音楽室へ続く廊下。
何度この道を歩いたか分からない。
先生と会うために通うようになって一年半しか経ってないのに、ここが一番使った廊下かもしれない。
もう少しで音楽室だな、と思っていると前から一人の女の子が走ってきた。
すれ違い様に見た顔は、泣いているようだった。
…この先には音楽室しかない。
私は進む足を速めた。

ノックをして、返事を待たずにドアを開ける。
そこには先生が一人でいた。

「今はお一人ですか?」
「…ああ」

返事を聞いて後ろ手に鍵をかける。
今は、という言葉に何も言わないのは、そういうことだろう。

「先生、ふったの?」
「…受け入れるわけがないだろう」
「それは彼女が生徒だからですか?」
「…恵子、意地悪を言わないでくれ」

先生は額に手を当て、溜め息をついた。
こんなことを言いに来たんじゃないのに。
でも先生を好きなのは私だけだと思っていた。
だから、驚いて、心臓が痛くて、苦しくて…

「…嫉妬、なんですかね?」
「…それなら私は嬉しいんだが」
「彼女に失礼ですよ」
「でも君が嫉妬してくれたのなら、彼女の存在が有り難くなってくるくらいには君を愛してるんだ」

先生は近づいてきて、私の両手を取った。
じっと見つめてくるその瞳を見つめ返す。

「だけどこんな話をしにきたのではないだろう?」
「…はい」
「…卒業おめでとう」

ちゅ、と額にキスされる。
先生が優しく微笑んでくれて、さっきまでの嫌な気分も薄れていく。

「恵子、正直今までずっと不安だった」
「え?」
「君が同情で私に会いに来てくれているのではないかとか、私は知らない内に君にこの関係を強要してしまっているのではないかと」
「そんなことありません」

ごめんなさい、先生。
私もあなたの事を愛しているのは事実なのだけれど、先生が不安に思っていればいいとどこかで思っていた。
先生をこれ以上苦しめたくないという思いと、不安でいれば私を必死に捕まえておこうとしてくれるだろうという思いとで、揺れ動いていた。

「そうか…それなら良かった」

先生は微笑んで、私の左手の薬指にキスをした。
その指がどんな意味かは当然分からなくない。

「恵子…」
「はい」
「私達も今日で教師と生徒という関係から解放される」

そう、私達を繋ぐ唯一の関係も、今日で終わり。
…新しい名前がほしい。
私達の関係に、新しい名前が。

「君が嫌でなければ、これからも私と会ってほしい」
「…本当に?」
「ああ…いや、もっとはっきり言うべきだな」

先生は一度視線をそらし、意を決したようにもう一度強い眼差しで私を見つめた。

「結婚を前提に交際しよう」
「それは…あの、恋人になってくださるということですか?」
「君が嫌でなければ」

もう我慢できなく、涙が溢れてしまった。

「恵子…」

先生の不安そうな声が聞こえる。
また困らせてる。
でも涙は止まる気配がない。

「嬉しい」

やっとのことでそう紡げば、先生はキスで涙を拭ってくれた。

「愛してる、恵子…」
「ずっと待ってた…こうなれる日を…」
「そんなに泣かないでくれ…君の涙には弱い」
「だって…」
「卒業式の最中も散々泣いていただろう」
「それは…先生と学校で会うのもできなくなると思ったら…寂しくて…」

言ったとたん、強く抱き締められた。
驚いて固まっていると、先生は首筋に唇を寄せた。
熱い舌が、首筋を這う。

「ひゃ、あ、せんせ」
「恵子、愛してる」

何度かきつく吸われた後、先生は顔を上げて私の唇にキスをくれた。
いつもの重ねるだけのキスじゃなくて、もっと大人のキス。

「あまり煽らないでくれないか…これでも我慢しているんだ」
「はぁ…はぁ…我慢しなくていいのに…」

肩で息をする私を見て、先生は苦笑する。
頭がボーッとして気持ちいい。

「高校を卒業するまでは清い関係でいると決めている」

こんなにキスしておいて、よくそんなことを言えるな、なんて思ったけど黙っておいた。

私は中学を卒業と同時に彼との間に先生と生徒という関係を失って、恋人という関係を手に入れた。
今度この関係の名前が変わるのは、多分高校の卒業式だろう。
そうであってほしいと願いながら、もう一度唇を重ねた。





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