長編用

□05
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これで三人目。
男は私の前に跪いて手を差し出す。
お姫様みたいな扱いは女としては嬉しいけれど、人の好意を断る、というのは辛いものだ。

「ごめんなさい」
「誰か相手が…」
「まだ決まっていない。でもごめんなさい」

生徒会の役員というのは目立つ。
壇上に立って仕事をすることもあるのだから当然顔を覚えられる。
遠くから見た印象だけの憧れ…
ダンスのパートナーに誘うにはそれだけでも充分らしい。
だが私にはお付き合いはしていないにしても唇を重ねる相手がいる。
それなのに名前も知らない男と体を密着させてダンスを踊ろうとは思えなかった。
そう、ダンス…
跡部景吾が生徒会長となってから毎年秋の音楽観賞会の後にはダンスパーティーが執り行われるようになった。
ドレスを着る訳じゃなくて、制服のまま踊るだけなんだけど…それでも氷帝学園の生徒が全員参加する大きな行事だ。
一昨年はパートナーを決めずに参加。
去年は長太郎くんの虫除けとしてパートナーになった。
でも今年は長太郎くんと踊ることすら抵抗がある。
ダンスパーティーには、榊先生も来る。

「恵子、パートナーは決まった?」

生徒会長が言う。
会議後の生徒会室にはまだ榊先生や長太郎くんもいる。
何を考えているか知らないけど、タイミングが悪すぎる。

「まだだけど?」
「なら、俺と組まない?」

間髪入れずに返ってきた言葉に、一気に周りが静かになる。
彼まで私を虫除けにするつもりなのか。
確かに副会長は彼氏がいるし、他の役員だって彼氏持ちが半分だけれど。
何も私じゃなくても、いや、今じゃなくてもいいのに。

「…今年は出ないつもり」
「え?今なんて?」

会長は相当驚いたのか間抜けな顔で聞き返してきたので、もう一度言った。
ダンスには出ない。

「なんで、去年楽しんでたじゃん。てか、企画側の生徒会役員が出ないのはまずいよ」

会長の必死な顔の向こうで頑張ってポーカーフェイスしてる彼を見たら、なんだか可愛そうになってきた。

「じゃぁパーティーには行くわ。でも踊らない。裏方仕事でもさせてもらうよ」
「そうじゃなくて…結構恵子のファンているしさー。お前が踊ってると絵になるし」
「褒めてもらえて嬉しいけど、もう決めたことだから」

鞄を持って部屋の出口へと向かう。
長太郎くんには悪いけど、虫除けは他に探してもらおう。
榊先生と話そうかとも思ったけれど、この場で連れ出すのもおかしい気がして、私はそのまま帰路についた。





ダンスパーティーの準備に追われ、気づけばあっという間に当日だった。
これで良かったのだと自分に言い聞かせる。
中等部で最後のダンスパーティー…
ダンスは好きだけど、やっぱり踊ろうとは思えない。
これ以上彼を苦しめたくない。

「恵子ちゃん、どう?」
「こっちは大丈夫。長太郎くんは?」
「こっちもオッケー。会長のとこに戻ろう」

最終チェックも抜かりない。
これが終われば私達生徒会役員の仕事も、残すところ生徒会選挙のみになる。
選挙も当然大掛かりな仕事なのだが、生徒が喜んでくれる最後の行事はこのパーティーだろう。

「俺、今年も君にパートナー頼むつもりだったのに」

並んで歩き出すと長太郎くんはそう呟いた。

「え、あ…ごめんね?」
「いいよ、でも何で今年は踊らないの?」
「…大切な人がいるんだけど、彼とは踊れないから」
「え…そうなんだ…ごめん」
「やだ、気にしないで」

笑みを溢せば、彼もうっすらと笑みを浮かべた。
気を使わせてしまっただろうか。
会長の周りには既に生徒会メンバーが集結していた。
私達もそれに加わり報告を済ませる。
そこに榊先生が来た。

「先生、準備できました」
「ご苦労。みんなよく頑張ってくれた。後は教員で進めよう」
「ありがとうございます」
「三年生は最後のダンスパーティーだ。君達も存分に楽しみなさい」

ちら、と私を見て、先生はすぐに視線をそらした。
先生はピアノ演奏に当たっている。
…まあ、それがなくても私と踊れるわけないんだけど。

先生はピアノのあるステージの上へ、私達はステージの舞台袖で他の生徒の入場まで待機。
踊るわけじゃないのに、興奮してきた。
きっとみんな楽しんでくれるはず。
そう思うだけで嬉しい。
最初は何で私が生徒会役員に選ばれたんだ、なんて思ったこともあったけれど、意外にもはまり役だったらしい。
この一年、とても楽しかった。
太郎さんのいろんな顔も見られたし。
…そう、そもそも生徒会役員に選ばれなければ、彼と関わることも無かっただろう。



ダンスパーティーは問題なく進んでいく。
私はパートナーがいない人達に声をかけながら軽食に手をだしつつ、会場をぐるぐると回っていた。
一年生の時もパートナーはいなかったけれど、同じクラスの友達とばかり話していた。
こんな楽しみかたもあったんだな、と三年目にして気付けたのだから、これで良かったんだと心から思う。
そもそも参加しないのは先生の為じゃない。
私が…私がもう先生以外の男の人に触られるのが嫌なんだ。

曲の切れ目…ふと先生を見ると、他の音楽教師が演奏を交代するところだった。
ちょっと考えて、舞台袖へと向かう。
先生を見つけて目が合う。
他に人がいないことを確認してから、口を開く。

「少しお時間よろしいですか?」
「何かあったか?」
「撤収のことで少し」

口から出任せ。
撤収の打ち合わせなんて今することじゃないって分かっているだろうから、先生はすぐに私に付いてきた。
流石にこんなところで密会はできない。



いつものように音楽室へ来て、いつものように鍵をかける。
ピアノ演奏は校内全てに放送されているようで、ここにもワルツが響いていた。

「…踊りたいんじゃないのか?」
「ふふ、ばれました?」
「…随分大勢の男子に誘われていたようだからな」

先生の台詞にびっくりして振り返れば、彼は眉間にしわを寄せていた。

「全部断ったんだから、分かってくれると思っていたんだけど…」
「何がだ」
「はあ…私が踊りたいのは太郎さんだけですよ?」

こちらを見た先生は口をぱくぱく開けて、真っ赤になっていった。
先生に近付いて、その手を取る。

「女性から誘わせるなんてひどくありませんか?」
「あ…ああ…そうだな…」

咳払いをひとつして、先生は私の前に跪いた。

「私と踊ってくれないか?」
「はい、喜んで」

立ち上がった先生に抱き寄せられる。
キスをして、手を組む。
しっかりと支えられていて、まるで体が一つになったみたいな錯覚に陥る。
心地いい…

「昔から先生はダンスが得意だったの?」
「いや…君が教えてくれた」
「え?」
「君がダンスの練習相手をしてほしいからと、私にダンスを教えてくれたんだ」
「…ふふ、余程あなたと踊りたかったんですね」

私が笑うと、先生も小さく笑った。
その顔がすごく可愛らしくて…
ああ、私はこの人が好きで堪らないのだ、と思ってしまった。
先生と生徒なんだから、こんなこと駄目なのに。
結局、前世でも今世でも、私達はいけない恋をしてるんだ。

「今年で最後なのに、良かったのか?」
「充分楽しみましたよ。それに私、高校も氷帝学園に進むつもりなので、来年は高等部のダンスパーティーに出ますから」
「そうか…」
「きっと楽しいと思うけど…こんなに幸せなのは先生と踊るときだけよ」

もうすぐこの曲も終わる。
長くここにいたら怪しまれる可能性もあるから、もう一曲が限度だろう。
曲が終わって、立ち止まる。
とたんに先生はキスをしてきた。
重ねるだけのキスを何度も。

「恵子、愛してる」
「ん、ん…私も」
「次の曲が終わったら、会場に戻ろう」
「…はい」

先生は絶対、それ以上のキスをしない。
再度始まった演奏に、手を組み直してステップを踏む。
先生が好き、愛してる。
本当はもっと大人なキスをしてほしい。
この関係に、名前がほしい。
でもそれは私のわがままだから、口にはしない。
いつかきっと、この関係に名前が付くのだと信じるしか私にはできない。
ああ、どうして今、こんなに静かな曲なんだろう。
賑やかな曲だったなら、最後まで幸せだけを感じていられたかもしれないのに。





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